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2014年11月30日日曜日

子どもクラス修了式(しゅうりょうしき)2014

29日で今年(ことし)の子どもクラスも終わり(おわり)。この日、日本(にほん)の遊び(あそび)を子どもたちに教えて(おしえて)、いっしょに楽しむ(たのしむ)ために、先生(せんせい)たちで昔(むかし)からある「日本の遊び」を選んだ(えらんだ)。

いろいろ考えて(かんがえて)最後に(さいごに)きまったのが、「ハンカチおとし」、「だるまさんがころんだ」、日本についての「まるばつゲーム」、そして、おりがみなどを使ってクリスマスツリーをつくるペーパークラフト。

まずは前(まえ)もって、先生たちに「ハンカチおとし」と「だるまさんがころんだ」を教えて練習(れんしゅう)。「だるまさんがころんだ」では、「はじめのいっぽ」と「だるまさんがころんだ」がちょっと難しかった(むずかしかった)ようす。でも、先生たちはあっという間(ま)に覚えて(おぼえて)くれた。

当日(とうじつ)、まずはハンカチおとしから開始(かいし)。小さい(ちいさい)子どもと大きい(おおきい)子どもにグループを分けてあそんだけれど、ちょっと円(えん)が大きすぎたみたい…。特に(とくに)大きな子どもたちのグループは円が大きすぎてなかなかおいつけない…。私も参加(さんか)したけれど、ひさしぶりに真剣に(しんけんに)走った(はしった)ので、つかれた~。


つぎに遊んだ「だるまさんがころんだ」では、オニがなかなか早く(はやく)「だるまさんがころんだ」といえなくて、すぐにタッチされたり、反対に(はんたいに)動く(うごく)人ばっかりで、オニまでだれもたどりつくことができなかったりもしていたけれど、これまたみんな真剣(しんけん)で、もりあがった。

長蛇の列(ちょうだのれつ)になってしまい、大変な(たいへんな)ことに…
ま、何事も(なにごとも)はじめての経験(けいけん)なので、次回(じかい)はもっと工夫(くふう)しなくては。

最後(さいご)は、ペーパークラフト。あゆみ先生とジゼリ先生が心(こころ)をこめて用意(ようい)してくれた材料(ざいりょう)に、みんな感動(かんどう)。
 

勉強(べんきょう)はもちろん大事(だいじ)だけど、たまには、こうして日本のあそびで時間をすごすのもいいかな。先生たちもみんなよくがんばっていました。これで、また来年(らいねん)まで、お休み(おやすみ)です。

私のクラスの生徒は、みんな来年は大人クラスへ。みんな大きくなっていくから、ちょっとさびしいけれど、日本語を続けて(つづけて)いってくれたら、またいつかいっしょに勉強できるでしょう。

2014年10月31日金曜日

マナウスの信号(しんごう)

ある日(ひ)しりあいの日本人から、「マナウスの信号って、よくできてるよねー。青(あお)のあと、いきなり黄色(きいろ)にならないで、一度(いちど)点滅(てんめつ)するもんね。きっとマナウス人の性格(せいかく)にあわせてあるんだろうね。」といわれた。

赤→青→青点滅→黄色→赤 の順番(じゅんばん)

思わず、「え?それって普通(ふつう)じゃないんですか。」ときいてしまった。日本ではふつう青から黄色にいきなり変わり(かわり)、そして赤(あか)になるらしい。たしかにそうだったかも…。

ここに10年(ねん)以上(いじょう)もすんでいて、そんなことを気にしたことはなかった。…というより、気づかなかった。

彼(かれ)いわく、ブラジルの信号はみんなこういうふうに変わるのかというと、実(じつ)はサンパウロやリオの信号は日本とおなじルールで色が変わるらしい。

マナウスだけ変わり方がちがうのかは、いまだに不明(ふめい)。

マナウスの人はのんびりしているが、運転(うんてん)となると人が変わったようになるといわれている。スピードをあげたり、ウインカーをあげていても入れさせ(いれさせ)なかったりする人も多い(おおい)。

なるほど。青からいきなり黄色になってしまっては、判断(はんだん)に困り(こまり)、事故(じこ)もふえるからなのかと、勝手(かって)に考え(かんがえ)てしまった。

歩行者(ほこうしゃ)にとっても、道路(どうろ)をわたるのは大変な(たいへんな)こと。マナウスは4車線(しゃせん)以上の大通り(おおどおり)が多いので、4車線すべての車を止めてわたるのは、そう簡単(かんたん)ではない。

ここ数年(すうねん)、赤い横断歩道(おうだんほどう)ができてから、歩行者がいると止まるくるまもふえたが、それでもまだまだ少ない。それにしても、どうして白黒(しろくろ)だった横断歩道を赤にしたとたん、きちんと止まる車がふえたのかは知りたいところ。

だいぶん色がはげてしまったけれど、はげる前は真っ赤な横断歩道でした。
歩行者の信号も、赤→青→青点滅→赤点滅→赤 の順番で変わる。

この順番がはたして日本のものと同じなのかは未確認(みかくにん)。今度日本にもどったら、わすれずにチェックしてみないと。

2014年9月27日土曜日

日本語(にほんご)スピーチコンテスト2014!

今年(ことし)も日本語(にほんご)お話大会(おはなしたいかい)と弁論大会(べんろんたいかい)が開かれた(ひらかれた)。

今年のお話大会は日伯協会(にっぱくきょうかい)から参加(さんか)する生徒(せいと)もふえて、一安心(ひとあんしん)。でも、反対に(はんたいに)弁論大会の参加者が年々(ねんねん)少なく(すくなく)なっていくのが気(き)になる。

私(わたし)のクラスの子どもたちは3月(がつ)から準備(じゅんび)を始めた(はじめた)。作文(さくぶん)を考え(かんがえ)て、何度も(なんども)練り直して(ねりなおして)、やっとできあがったのが6月だった。

私の目的(もくてき)は子どもたちに人前(ひとまえ)で話すことになれてもらうこと。ポルトガル語(ご)では緊張(きんちょう)しない子でも、日本語でスピーチとなると状況(じょうきょう)がちがってくる。 内容(ないよう)はどうでもいい、というわけではないが、とにかく目的が目的なので、あまり難しい(むずかしい)ものにはしないようにする。原稿(げんこう)を見て話すのはダメ。とにかく頭(あたま)にたたきこんで、はっきりと、自信(じしん)をもって話してもらう。


これがお話大会のまず第一歩(だいいっぽ)だと私はかんがえている。結果(けっか)がでれば、子どもたちはよろこびを感じる(かんじる)し、よろこびを感じたら、きっと続けて(つづけて)くれるにちがいないと思っている。

がんばったかいがあって、クラス全員(ぜんいん)が入賞(にゅうしょう)してくれた。みんな本当に(ほんとうに)うれしそうだった。


でも、やはり弁論大会の参加者がへっていることが、とても気になる。参加者が11人以上(いじょう)だと、全国(ぜんこく)大会への出場者(しゅつじょうしゃ)を二人(ふたり)えらぶことができるが、今年は参加者が10人にしかならなかったので、一人(ひとり)しかおくることができない。

これは私がここで教え(おしえ)はじめてから、はじめてのことだと思う。

私が大人のクラスを担当(たんとう)していたころは、毎年(まいとし)、参加希望者(きぼうしゃ)がいないかをきいた。どうしても希望者が見つからないときは、スピーチができそうなコンディションの生徒を私が選び(えらび)、本人(ほんにん)にOKしてもらって、作文にとりかかるようにしていた。できあがった原稿をもとに2ヵ月(にかげつ)かけて、イントネーションも顔(かお)の表情(ひょうじょう)も集中的(しゅうちゅうてき)に指導(しどう)し、すべてカンペキにちかいものにした。スピーチをするときに原稿を見るのはタブーと教え、話しかたが自然(しぜん)になるように、いつも心がけた。教えるがわにとっても、それはふつうのことだったし、どの先生も同じように指導していた。

これくらい時間をかけて、愛情(あいじょう)をこめて指導をした生徒は例外なく(れいがいなく)全国(ぜんこく)大会へ出場し、全国大会でも優秀な(ゆうしゅうな)成績(せいせき)をのこしてくれた。私は何度(なんど)か生徒のつきそいで全国大会へ行かせてもらったが、ほかの州(しゅう)の先生から「マナウスの生徒さんはとても優秀ですね。」とほめられると鼻高々(はなたかだか)だったし、その生徒の成果(せいか)をみるのが、なによりの楽しみ(たのしみ)だった。

でも、最近はあまり時間をかけて 指導する先生がいないらしい。生徒を誘って(さそって)、「いっしょにやってみようよ!!」というほど、スピーチの指導に魅力(みりょく)を感じ(かんじ)る先生がいないのかもしれない。

私がスピーチの指導に一生懸命(いっしょうけんめい)になるのは、実(じつ)は、自分(じぶん)の経験(けいけん)があるから。

高校生(こうこうせい)だったときに英語(えいご)の先生から市(し)のスピーチに出るようにすすめられた。(ほとんど強制的(きょうせいてき)に。)先生はアメリカ人だったので、話し方もかなりオーバーにしないとOKが出なかったし、英語の発音(はつおん)も何度も(なんども)何度もなおされた。私にはその少しのちがいが全然(ぜんぜん)わからなかったが、何度も録音(ろくおん)してくれたテープをきいてとにかく練習した。

先生が一生懸命教えてくれたので、私もそれにこたえようと一生懸命がんばった。

結果(けっか)、三位(さんい)内(ない)にはいることができなかったが、何とか特別賞(とくべつしょう)を もらうことができ、とてもうれしかったのをおぼえている。そして、何より、そのあとの大きな(おおきな)自信につながった。先生に直してもらった発音やイントネーションは今でもおぼえているし、フレーズも全部ではないがいまだにおぼえている。

ありがたいことに、あのとき、あの先生から指導してもらったことが、今は私の大きな糧(かて)になっている。

自分が経験したからこそ、生徒にもそのよろこびをあじわってほしいと思うのかもしれない。スピーチはなんの意味(いみ)もないと思っている先生が多い(おおい)らしい。でも、実はスピーチを練習することによって生徒が得る(える)ものはたくさんある。 先生にだってたくさん得るものがある。それをぜひしってもらいたい。

もうおなくなりになった日伯の村山(むらやま)前会長(ぜんかいちょう)のことばをいつも思いだす。

「日本語はね、国語(こくご)っていうものは、とっても大事(だいじ)なんだよ。ことばが乱れる(みだれる)と国(くに)はだめになっちゃうからね。だから、国語の教育(きょういく)はしっかりしなきゃいけない。教育するのはね、子どものうちからなんだよ。だからね、あんた、子どもたちの日本語教育、しっかりやってちょうだい。」

ブラジルの生活(せいかつ)が長くても(ながくても)、日本人としていつも誇り(ほこり)をもっていた村山さんのことばだからこそ、とっても説得力(せっとくりょく)があったし、このことばがあるから、私は子どものクラスの授業を休まず続けている。

でも、今回のスピーチコンテストを見ていると、大人のクラスをまた教え始めたいと思ってしまった。時間(じかん)に余裕(よゆう)を作って(つくって)、また教え始めないと。やっぱり好き(すき)なことはやめられない。

みんな、よくがんばりました!

2014年8月2日土曜日

習字(しゅうじ)の授業(じゅぎょう)

今日(きょう)から後期(こうき)がスタート。後期はじめての授業(じゅぎょう)は習字(しゅうじ)。

まずは「とめ」、「はらい」などを古新聞(ふるしんぶん)の上(うえ)で練習(れんしゅう)。

ここでは、半紙(はんし)が簡単に(かんたんに)手に入らない(てにはいらない)ので、古新聞でたくさん練習をしてから、半紙で練習する。

左手(ひだりて)で半紙をおさえたり、ひじを机(つくえ)につけずに書くのが難しい(むずかしい)らしい。えんぴつをもつようにして書くので、筆(ふで)がねてしまい、なかなか思う(おもう)ように書けない。

ここブラジルでは、来週(らいしゅう)の日曜日(にちようび)は父の日(ちちのひ)なので、お父さん(おとうさん)にプレゼントする字をみんなに書いて(かいて)もらった。


たった二時間(にじかん)だったので、十分に(じゅうぶんに)練習できなかったかもしれないけれど、みんな心(こころ)をこめて、ていねいに書いたから、お父さんたちもよろこんでくれるでしょう。がんばりました。

左(ひだり)から、ルナちゃん、さゆりちゃん、かずあきくん、イザベルちゃん、ひでよしくん、ひであきくん

2014年7月22日火曜日

書き順(かきじゅん)の大切さ(たいせつさ)

私はいつも授業(じゅぎょう)で書き順(かきじゅん)を正しく(ただしく)するようにいう。ひらがなでも、カタカナでも、漢字(かんじ)であっても。

でも、生徒(せいと)はどうして書き順が大事(だいじ)なのか、よくわかってくれない。それは子どもでも大人(おとな)でも同じ(おなじ)。

私は書き順は大事だと思う。それは「漢字の辞書(じしょ)をひくときに役(やく)にたつ」とか、「字がきれいに書ける」からというばかりではなく、上(うえ)から下(した)にむかって書くか、下から上にむかって書くかで、ちがう字になってしまうことがあるし、二画(にかく)を一筆(ひとふで)でつづけて書かずに、一画(いっかく)一画を正しく書かないと、字の形もくずれてしまう。

どうやらアルファベットをつかう人の多く(おおく)は書き順が正しくても、まちがっていても気にしないらしい。また、「とめ」や「はね」、「はらい」といったものがない。大事(だいじ)なのは書いた字が読めるかどうか。だから私の生徒の中(なか)にも、日本語で字(じ)を書くときに書き順をめちゃくちゃに書いている子がいる。最後(さいご)に書いた字がおなじ形(かたち)で終わって(おわって)いれば、それでいいと思う(おもう)のだろう。

でも、日本語では書き順を正しく、そして「とめ」、「はね」、「はらい」を正しく書かないと、字がおかしくなってしまう。

例えば(たとえば)、「帰」という漢字の「リ」の部分(ぶぶん)を「刂」と書いてしまったら、正しい漢字ではなくなってしまうし、反対(はんたい)に、「列」という漢字の「刂」の部分を「リ」と書いてしまったら、これもまた間違いになってしまう。

ちなみに、ここブラジルでは字を書くとき、紙(かみ)を90度(ど)回して(まわして)、下から上にむかって一字ずつ書いていく人もよくいる。(結果(けっか)、書き終わったものを90度もどして元通り(もとどおり)に置いて(おいて)みたら、きちんと右(みぎ)から左(ひだり)にむかって書いてあるように見える…。)

少し難しい(むずかしい)漢字の書き順などは、私もまちがって覚えて(おぼえて)いることがあるので、突然(とつぜん)きかれたときは、正直(しょうじき)に「自信(じしん)がないから、確認(かくにん)させて」と生徒にことわり、辞書(じしょ)で調べて(しらべて)から教える(おしえる)。

手紙(てがみ)やメモを書くとき、自分ではなかなか書き順を疑問(ぎもん)に思わず、手(て)が動く(うごく)とおりに書いている。ところが、生徒からの質問だと、うそを教えることはできないので、こうなってしまう。

でも、これが私にとって、とてもいい勉強(べんきょう)になる。新しい(あたらしい)発見(はっけん)があるから、「いい質問(しつもん)」だったといつも生徒に感謝(かんしゃ)する。

前(まえ)にインターネットでひとつの記事(きじ)を見つけたことがある。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140627/crm14062714150009-n1.htm

これは日本の酒造(しゅぞう)メーカー「キリン」のまねをして、偽物(にせもの)のビール券(けん)をつくり、そこに「キリン(きりん)」ではなく「キリソ(きりそ)」と書いたという記事(もしかしたら、まちがって書いてしまったのかもしれないけれど…)。

タイトルを見たときにどう読むか。日本人(にほんじん)は「きりそ」とよむことができるだろうが、外国人(がいこくじん)にはこのちがいがわかるだろうか。自然に(しぜんに)「きりん」とよむ人も多い(おおい)だろう。日本人であっても、注意(ちゅうい)をしないで見ただけでは、気づかないひともいるかもしれない。そこが狙い(ねらい)だったのかもしれない。

「い」と「り」、「か」と「や」、「ン(ん)」と「ソ(そ)」や「カ(か)」と「ヤ(や)」、「ア(あ)」と「ヤ(や)」など… ひらがなとカタカナだけでも生徒がが間違えやすい字がある。

さらに、「う」や「や」などの「、(てん)」を一番(いちばん)最後(さいご)に書いたりする生徒もたくさん…。

漢字の多くはカタカナを部分的(てき)につかっているので、くせがつく前になおしてあげたい。いつか、「やっぱり書き順は大事だ」って思ってくれるとうれしいけれど。

2014年6月29日日曜日

子どもクラス前期終了式(ぜんきしゅうりょうしき)- 七夕(たなばた)2014

はやいもので、また前期(ぜんき)終了式(しゅうりょうしき)の日(ひ)がやってきた。来週(らいしゅう)からまた一か月(いっかげつ)の休み(やすみ)に入る(はいる)。

今年(ことし)はワールドカップがあったので、授業(じゅぎょう)に変更(へんこう)があったりしたけれど、今日(きょう)は休み前(まえ)の最後(さいご)の授業だったので、例年(れいねん)通り(どおり)たなばたをした。

子どもクラスでは、日本(にほん)の文化(ぶんか)になじみをもってもらう授業をめざして、先生(せんせい)たちも一生懸命(いっしょうけんめい)準備(じゅんび)をしてくれる。朝(あさ)から健(けん)先生が笹(ささ)のかわりにつかうバンブーをとりにいって、日伯(にっぱく)まで運んで(はこんで)くれた。

まずは手作り(てづくり)かみしばいで、たなばたの説明(せつめい)。かみしばいも立派(りっぱ)な日本の伝統芸能(でんとうげいのう)。ブラジルでも人形劇(にんぎょうげき)にはなじみがあるが、おそらく、かみしばいをしっている子はほとんどいないだろう。


かみしばいのあとは、おりがみとたんざく作り(づくり)。今年のたんざくはあゆみ先生がいろいろな色(いろ)のかみで作ってきてくれたので、とってもカラフル。なおみ先生が作ってきてくれたくさりも飾って(かざって)、とってもきれいになった。


この日はちょうどお昼(ひる)からブラジルの試合(しあい)があったので、来た(きた)のはたった18人(にん)だったけれど、みんなと楽しく(たのしく)すごせたから、先生たちも満足(まんぞく)でした。

2014年6月10日火曜日

ワールドカップ-マナウス

いよいよあさってから、ここブラジルでワールドカップが始まる(はじまる)。
 
ここマナウスでも4試合(しあい)が行われる(おこなわれる)予定(よてい)。
 
14日 イタリア 対 イングランド
18日 カメルーン 対 クロアチア
22日 アメリカ 対 ポルトガル
25日 ホンジュラス 対 スイス
 
それにしても、スタジアムが間に合わない(まにあわない)んじゃないかと、ドキドキした。ギリギリで終え(おえ)たが、もうすぐキックオフだというのにいまだに市内(しない)がごちゃごちゃしている印象(いんしょう)をうけているのは、私だけではないはず。

やっとできあがったアレーナ・アマゾニア
 
スタジアムのほかにも、改修(かいしゅう)をしたところがあるが、まだまだのこしているものはたくさんある。
 
改修後(かいしゅうご)のアドウフォ・リスボア市場(いちば)
できあがりがこんなにギリギリになっても、何(なん)とか始まる(はじまる)前(まえ)に仕上げて(しあげて)しまうのはいかにもブラジル人だと思う(おもう)…。
 
ここに住んで(すんで)いる何人(なんにん)かの日本人(にほんじん)の方(かた)から、もっと市内いっぱいに飾り付け(かざりつけ)するのかと思ってたのに~。と、がっかりの声(こえ)もちらほら聞こえた(きこえた)が、何と言ってもブラジル人は「ギリギリに仕上げてしまう」のが得意(とくい)だということを忘れ(わすれ)てはいけない。
 
試合の一週間前(いっしゅうかんまえ)ころから、やっとブラジルの旗(はた)をつけた車(くるま)や、飾り付けをした家(いえ)がみられるようになってきた。
 
地域(ちいき)によっては、あまり裕福な(ゆうふくな)地区(ちく)ではなくても、住民(じゅうみん)が4年(ねん)にわたりお金(かね)を集めて(あつめて)、地区をあげての飾り付けをおこなうところもある。そんな住民をみると、本当に(ほんとうに)サッカーを愛している(あいしている)んだな~と思う。
 
この地域では6万レアル(約270万円)をかけて1キロメートルにわたる飾り付けをおこなった。

 
今回(こんかい)のワールドカップ、またデモやストなど不安(ふあん)も残る(のこる)けど、サッカーを愛する国(くに)だからこそ、無事(ぶじ)に成功(せいこう)させてもらいたいな。