もうすぐ今年(ことし)も終わって(おわって)しまう。気(き)がつけば今月(こんげつ)は子どもクラスの教科書作り(きょうかしょづくり)で、あっという間(ま)に時間(じかん)がすぎてしまった。
私の担当(たんとう)のクラスはレベルが一番(いちばん)上(うえ)になるが、小さい(ちいさい)うちに私のクラスにたどりついてしまった子どもたちは、すぐに大人(おとな)クラスに入る(はいる)ことが できないので、もう少し(すこし)大きく(おおきく)なるまで、くりかえし私のクラスで勉強(べんきょう)することになる。
つまり、一度(いちど)または何度も(なんども)いっしょに勉強した生徒(せいと)がクラスにいるので、前(まえ)の年と同じ(おなじ)教科書をつかうことができない。
というわけで、毎年(まいとし)この時期(じき)は教科書作りになってしまう。
ここでは、大人のクラスに「みんなの日本語」をつかっているが、まったくのゼロスタートの人には日伯ではそれぞれ手作りのテキストを使う。 サンパウロとはちがい、マナウスでは日本語のテキストも簡単(かんたん)に手(て)に入れることができないので(できても、とても高く(たかく)なってしまうので)、あまり選択肢(せんたくし)がない。
私はしばらく日本で出版(しゅっぱん)されている子ども向け(むけ)のテキストを見ていないので、新しくて(あたらしくて)使いやすいテキストが存在(そんざい)するのかはわからないが、今、手元(てもと)に私の担当クラスのレベルにあった、子ども向けの使えるテキストがないので、 自作(じさく)になってしまう。
今年は「Japanese for Young People」を使ってみたが、この教科書は英語圏(えいごけん)の人向けなので、説明(せつめい)などがすべて英語(えいご)になっているため、それをポルトガル語に直す(なおす)のにも大変(たいへん)だった。
漢字(かんじ)はいいテキストがなかったので、日本のくもんが発行(はっこう)しているテキストを使ってみたが、あまり合わなかった。今まで使った市販(しはん)の漢字テキストの中(なか)では「かんじだいすき」というテキストが一番使いやすかったが、私が一年生用の「かんじだいすき」しか持って(もって)いなかったので、二年生以上(いじょう)の漢字を教えるのに続けて(つづけて)使えるテキストがなかった。
来年のテキストに向け、今回(こんかい)は、非日系人(ひにっけいじん)のハファエル先生が、去年、苦労(くろう)して作ってくれた自作の大人クラス用(よう)テキストをベースに作らせてもらった。そして、漢字は「にほんごちゃれんじ・かんじN4N5」をつかってみることにした。
これで、また一年、様子(ようす)を見てみる。結果(けっか)は、あとのお楽しみ(たのしみ)。
教科書作りとはべつに、今月(こんげつ)は日伯(にっぱく)の先生(せんせい)たちの文集(ぶんしゅう)第1号(だいいちごう)を作る(つくる)ということで、先生たちに作文を書く(かく)宿題(しゅくだい)がでたので、何十年(なんじゅうねん)ぶりかで作文を書いてしまった。
今回、書いてみて改めて(あらためて)感じた(かんじた)が、やはり文章(ぶんしょう)を書くのも慣れ(なれ)があると思う(おもう)。子どものころ、いつも作文を書かされていたころとは違い(ちがい)、今回の作文は考え(かんがえ)をまとめて仕上げる(しあげる)のに、何日(なんにち)もかかってしまった。
でも、こうした機会(きかい)でもなければ、自ら(みずから)作文を書くことはないので、本当に(ほんとうに)いい機会だったと思う。
今年もあと少し。生徒にぬかされないように、勉強がんばらないと!
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2012年12月27日木曜日
2012年11月24日土曜日
子どもクラス終了式(しゅうりょうしき)2012!
今日(きょう)で今年(ことし)の子どもクラスも終わり(おわり)。今日はみんなで終了式(しゅうりょうしき)をした。休んだ(やすんだ)子も多くて(おおくて)、集まった(あつまった)のは40人くらい。
終了式といっても、一年がんばった子どもたちのごほうびとして、あそんだり、食べ(たべ)たり。まずはそれぞれのクラスの発表(はっぴょう)から。
スーザン先生(せんせい)のクラスのみんなは「かえるのうた」を歌って(うたって)くれた。
続いて(つづいて)、ホナン先生とシルバニア先生のクラス。「むすんでひらいて」を歌ってくれたけど、先生につられてだんだん早く(はやく)なると、手(て)をたたくのがずれそうになったりして、みんな大慌て(おおあわて)。
続いて、さゆり先生のクラス。なぞなぞをだして、答え(こたえ)を日本語(にほんご)で答えてもらう。みんな真剣(しんけん)。
最後(さいご)に私のクラス。一年間(いちねんかん)でがんばったこと、来年(らいねん)の目標(もくひょう)を話して(はなして)くれた。
今日はたった3人しかこれなかったけど、 人前(ひとまえ)で話(はなし)をするのをいやがっていたみんながクラスの中で前(まえ)に立って(たって)練習(れんしゅう)するようになって、今日、こうしてほかのクラスのみんなの前でも話せるようになったことに感動(かんどう)。
それぞれのクラスの発表が終わってから、おり紙(がみ)とビンゴであそんだ。ここマナウスではおり紙を手に入れる(いれる)のも大変(たいへん)なので、担当(たんとう)の先生ががんばってみんなの分(ぶん)の紙(かみ)を切って(きって)くれた。
私の担当しているクラスは一番(いちばん)上(うえ)のレベル。中(なか)には私と4年もいっしょに勉強(べんきょう)しる子もいて、みんなを小さい(ちいさい)ころから知って(しって)いる。
でも、みんな大きくなったので、半分(はんぶん)の子がこのクラスを卒業(そつぎょう)して、来年(らいねん)からは大人(おとな)のクラスになってしまう。
うれしいけれど、とってもさびしい。
大人のクラスになっても、先生たちのこと忘れ(わすれ)ないでいてほしいな。
終了式といっても、一年がんばった子どもたちのごほうびとして、あそんだり、食べ(たべ)たり。まずはそれぞれのクラスの発表(はっぴょう)から。
スーザン先生(せんせい)のクラスのみんなは「かえるのうた」を歌って(うたって)くれた。
続いて(つづいて)、ホナン先生とシルバニア先生のクラス。「むすんでひらいて」を歌ってくれたけど、先生につられてだんだん早く(はやく)なると、手(て)をたたくのがずれそうになったりして、みんな大慌て(おおあわて)。
続いて、さゆり先生のクラス。なぞなぞをだして、答え(こたえ)を日本語(にほんご)で答えてもらう。みんな真剣(しんけん)。
最後(さいご)に私のクラス。一年間(いちねんかん)でがんばったこと、来年(らいねん)の目標(もくひょう)を話して(はなして)くれた。
今日はたった3人しかこれなかったけど、 人前(ひとまえ)で話(はなし)をするのをいやがっていたみんながクラスの中で前(まえ)に立って(たって)練習(れんしゅう)するようになって、今日、こうしてほかのクラスのみんなの前でも話せるようになったことに感動(かんどう)。
それぞれのクラスの発表が終わってから、おり紙(がみ)とビンゴであそんだ。ここマナウスではおり紙を手に入れる(いれる)のも大変(たいへん)なので、担当(たんとう)の先生ががんばってみんなの分(ぶん)の紙(かみ)を切って(きって)くれた。
私の担当しているクラスは一番(いちばん)上(うえ)のレベル。中(なか)には私と4年もいっしょに勉強(べんきょう)しる子もいて、みんなを小さい(ちいさい)ころから知って(しって)いる。
でも、みんな大きくなったので、半分(はんぶん)の子がこのクラスを卒業(そつぎょう)して、来年(らいねん)からは大人(おとな)のクラスになってしまう。
うれしいけれど、とってもさびしい。
大人のクラスになっても、先生たちのこと忘れ(わすれ)ないでいてほしいな。
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| 子どもクラスの先生たち、おつかれさまでした! |
2012年11月12日月曜日
全伯日本語スピーチコンテスト-マナウス
11日、ここマナウスでサンパウロの国際交流基金(こくさいこうりゅうききん)主催(しゅさい)の第18回全伯日本語(ぜんぱくにほんご)スピーチコンテストが行われた(おこなわれた)。
マナウスで全伯大会が行われるのは実(じつ)は2回目(かいめ)。といっても、1回目はもう十数年(じゅうすうねん)も前(まえ)。サンパウロから遠く(とおく)離れた(はなれた)ここマナウスで行うには、交通費(こうつうひ)も時間(じかん)もかかるので、なかなか実現(じつげん)するのは難しい(むずかしい)。
参加者(さんかしゃ)は土曜日(どようび)の午後(ごご)に到着(とうちゃく)し、簡単に(かんたんに)市内観光(しないかんこう)をしたあと、日伯(にっぱく)で交流会(こうりゅうかい)をしてホテルへ。日曜日は朝(あさ)8時(じ)にホテルをチェックアウトし、コンテストを終えた(おえた)あと、空港(くうこう)へ直行(ちょっこう)という、かわいそうなくらい、とってもハードな日程(にってい)で過ごし(すごし)て行った。
今回の参加者は全部(ぜんぶ)で13人(にん)。日系人(にっけいじん)が5人、非(ひ)日系人が8人でブラジル8州(しゅう)から集まった(あつまった)優秀(ゆうしゅう)な人ばかり。
いつも「目からうろこ」の内容(ないよう)がたっぷりのコンテスト。昨日の内容も「刺青(いれずみ)」の話(はなし)、日系人(にっけいじん)としての経験話(けいけんばなし)、日本の「わび・さび」について、家族(かぞく)のありかたをブラジルの養子縁組(ようしえんぐみ)の現状(げんじょう)をとおして語ったり(かたったり)と様々(さまざま)だった。
日本の伝統(でんとう)をまもってくれている日系人が多い(おおい)中、彼ら(かれら)に負けない(まけない)くらい、がんばる非日系人もふえてきている。
みんな、何度も(なんども)練習(れんしゅう)したのにちがいない。とってもすばらしいスピーチばかりだった。私も負けてはいられないな~。
マナウスで全伯大会が行われるのは実(じつ)は2回目(かいめ)。といっても、1回目はもう十数年(じゅうすうねん)も前(まえ)。サンパウロから遠く(とおく)離れた(はなれた)ここマナウスで行うには、交通費(こうつうひ)も時間(じかん)もかかるので、なかなか実現(じつげん)するのは難しい(むずかしい)。
参加者(さんかしゃ)は土曜日(どようび)の午後(ごご)に到着(とうちゃく)し、簡単に(かんたんに)市内観光(しないかんこう)をしたあと、日伯(にっぱく)で交流会(こうりゅうかい)をしてホテルへ。日曜日は朝(あさ)8時(じ)にホテルをチェックアウトし、コンテストを終えた(おえた)あと、空港(くうこう)へ直行(ちょっこう)という、かわいそうなくらい、とってもハードな日程(にってい)で過ごし(すごし)て行った。
今回の参加者は全部(ぜんぶ)で13人(にん)。日系人(にっけいじん)が5人、非(ひ)日系人が8人でブラジル8州(しゅう)から集まった(あつまった)優秀(ゆうしゅう)な人ばかり。
いつも「目からうろこ」の内容(ないよう)がたっぷりのコンテスト。昨日の内容も「刺青(いれずみ)」の話(はなし)、日系人(にっけいじん)としての経験話(けいけんばなし)、日本の「わび・さび」について、家族(かぞく)のありかたをブラジルの養子縁組(ようしえんぐみ)の現状(げんじょう)をとおして語ったり(かたったり)と様々(さまざま)だった。
日本の伝統(でんとう)をまもってくれている日系人が多い(おおい)中、彼ら(かれら)に負けない(まけない)くらい、がんばる非日系人もふえてきている。
みんな、何度も(なんども)練習(れんしゅう)したのにちがいない。とってもすばらしいスピーチばかりだった。私も負けてはいられないな~。
2012年10月26日金曜日
「知らない(しらない)」と「わからない」の違い(ちがい)
生徒(せいと)に「明日(あした)、何(なに)をしますか。」ときいたとき、よく「知りません(しりません)。」と答え(こたえ)られ、とても気(き)になった。
日本人(にほんじん)だったら、まず、「さぁ、まだわかりません。」とか、「まだ決めて(きめて)ません。」と答えるだろう。
こういう質問(しつもん)をしたときに、「知りません。」と答えられると、少し(すこし)冷たい(つめたい)感じ(かんじ)がするのはどうしてだろうか。
「知りません」と「わかりません」の使い方(つかいかた)には、もともと違い(ちがい)がある。
「知りません」ということばは、「そのことについて、情報(じょうほう)をもっていません。」という意味(いみ)が強い(つよい)から、例えば(たとえば)、次(つぎ)のようによく使う。
1.名前(なまえ)は知っていますが、電話番号(でんわばんごう)は知りません。
2.A:「これが終わったら(おわったら)、みんなでどこへ行く(いく)か知ってる。」
B:「いや、知らない。」←「知っていない。」と答えるのは間違い(まちがい)。
このように、答えを考え(かんがえ)なくてもいいような質問(しつもん)に使うことが多い(おおい)。
これに対して(たいして)、「わかりません」は、考えても答えが見つからないときに使うことに多い。そして、「知りません」の意味(いみ)で使うこともできる。
1.彼(かれ)が来る(くる)かどうか、まだわかりません。
2.答え(こたえ)がわかりません。
3.ポルトガル語(ご)がわかりません。
4.A:「Cさんの電話番号わかる。」
B:「今(いま)はわからない。」
つまり、先(さき)ほどの質問「明日(あした)、何(なに)をしますか。」で、「知りません(しりません)。」と答えてしまうと、考えたり、答えを見つけようともしないで、答えたように見えるので、もしかしたら冷たく感じる(かんじる)のかもしれない。
ポルトガル語では、「知りません」も「わかりません」も同じ(おなじ)単語(たんご)を使うので、その違いに気(き)づかないのだろう。
使い方はとてもにているが、ちょっとしたニュアンスの違いで、相手(あいて)にあたえる印象(いんしょう)も違ってくるので、気をつけなくてはいけない。
日本人(にほんじん)だったら、まず、「さぁ、まだわかりません。」とか、「まだ決めて(きめて)ません。」と答えるだろう。
こういう質問(しつもん)をしたときに、「知りません。」と答えられると、少し(すこし)冷たい(つめたい)感じ(かんじ)がするのはどうしてだろうか。
「知りません」と「わかりません」の使い方(つかいかた)には、もともと違い(ちがい)がある。
「知りません」ということばは、「そのことについて、情報(じょうほう)をもっていません。」という意味(いみ)が強い(つよい)から、例えば(たとえば)、次(つぎ)のようによく使う。
1.名前(なまえ)は知っていますが、電話番号(でんわばんごう)は知りません。
2.A:「これが終わったら(おわったら)、みんなでどこへ行く(いく)か知ってる。」
B:「いや、知らない。」←「知っていない。」と答えるのは間違い(まちがい)。
このように、答えを考え(かんがえ)なくてもいいような質問(しつもん)に使うことが多い(おおい)。
これに対して(たいして)、「わかりません」は、考えても答えが見つからないときに使うことに多い。そして、「知りません」の意味(いみ)で使うこともできる。
1.彼(かれ)が来る(くる)かどうか、まだわかりません。
2.答え(こたえ)がわかりません。
3.ポルトガル語(ご)がわかりません。
4.A:「Cさんの電話番号わかる。」
B:「今(いま)はわからない。」
つまり、先(さき)ほどの質問「明日(あした)、何(なに)をしますか。」で、「知りません(しりません)。」と答えてしまうと、考えたり、答えを見つけようともしないで、答えたように見えるので、もしかしたら冷たく感じる(かんじる)のかもしれない。
ポルトガル語では、「知りません」も「わかりません」も同じ(おなじ)単語(たんご)を使うので、その違いに気(き)づかないのだろう。
使い方はとてもにているが、ちょっとしたニュアンスの違いで、相手(あいて)にあたえる印象(いんしょう)も違ってくるので、気をつけなくてはいけない。
2012年10月14日日曜日
習字(しゅうじ)の授業(じゅぎょう)- 子ども編(へん)
昨日(きのう)、子どもの授業(じゅぎょう)で習字(しゅうじ)をした。
休日(きゅうじつ)にはさまれての授業だったので、来た(きた)のはたった4人(にん)。
サンパウロとちがい、ここでは、筆(ふで)や墨(すみ)、半紙(はんし)を買う(かう)ことができない。だから、道具(どうぐ)は全て(すべて)私(わたし)のを家(いえ)からもっていった。
2時間(じかん)の授業のうち、はじめの30分(ぷん)は、新しい(あたらしい)漢字(かんじ)を教え(おしえ)、残り(のこり)の1時間半(じかんはん)を習字につかった。
まずは、筆の持ち方(もちかた)と姿勢(しせい)から。
ブラジルの学校(がっこう)は、鉛筆(えんぴつ)の持ち方や姿勢を注意(ちゅうい)しない(と思う)。だから、大人(おとな)でもすごい格好(かっこう)で字(じ)を書く(かく)人(ひと)がたくさんいる。
私のクラスの子どもたちは、上手(じょうず)に筆を持つことができた。姿勢も正しく(ただしく)して、筆の使い(つかい)方の練習(れんしゅう)。
半紙(はんし)もあまっていないので、まずは四分の一(よんぶんのいち)に切った(きった)新聞(しんぶん)に丸(まる)を書いたり、「一(いち)」を書いて練習した。
ここで何度(なんど)か習字の授業をしているうちに、ひらがなは曲線(きょくせん)が多い(おおい)ので、どうやら初めて(はじめて)書く人にはひらがなよりもカタカナや簡単な(かんたんな)漢字のほうが書きやすいということに気づいた(きづいた)。
子どもたちは去年(きょねん)からずっと漢字(かんじ)を勉強(べんきょう)しているし、ちょうどいい機会(きかい)なので、一番(いちばん)好きな(すきな)漢字を書いてもらった。
みんな真剣(しんけん)。せっかく、払い(はらい)や止め(とめ)ができるようになってきたのに、あっという間(ま)に時間(じかん)をオーバーしてしまった。でも、みんな楽しんで(たのしんで)くれたみたいでよかった。
休日(きゅうじつ)にはさまれての授業だったので、来た(きた)のはたった4人(にん)。
サンパウロとちがい、ここでは、筆(ふで)や墨(すみ)、半紙(はんし)を買う(かう)ことができない。だから、道具(どうぐ)は全て(すべて)私(わたし)のを家(いえ)からもっていった。
2時間(じかん)の授業のうち、はじめの30分(ぷん)は、新しい(あたらしい)漢字(かんじ)を教え(おしえ)、残り(のこり)の1時間半(じかんはん)を習字につかった。
まずは、筆の持ち方(もちかた)と姿勢(しせい)から。
ブラジルの学校(がっこう)は、鉛筆(えんぴつ)の持ち方や姿勢を注意(ちゅうい)しない(と思う)。だから、大人(おとな)でもすごい格好(かっこう)で字(じ)を書く(かく)人(ひと)がたくさんいる。
私のクラスの子どもたちは、上手(じょうず)に筆を持つことができた。姿勢も正しく(ただしく)して、筆の使い(つかい)方の練習(れんしゅう)。
半紙(はんし)もあまっていないので、まずは四分の一(よんぶんのいち)に切った(きった)新聞(しんぶん)に丸(まる)を書いたり、「一(いち)」を書いて練習した。
ここで何度(なんど)か習字の授業をしているうちに、ひらがなは曲線(きょくせん)が多い(おおい)ので、どうやら初めて(はじめて)書く人にはひらがなよりもカタカナや簡単な(かんたんな)漢字のほうが書きやすいということに気づいた(きづいた)。
子どもたちは去年(きょねん)からずっと漢字(かんじ)を勉強(べんきょう)しているし、ちょうどいい機会(きかい)なので、一番(いちばん)好きな(すきな)漢字を書いてもらった。
みんな真剣(しんけん)。せっかく、払い(はらい)や止め(とめ)ができるようになってきたのに、あっという間(ま)に時間(じかん)をオーバーしてしまった。でも、みんな楽しんで(たのしんで)くれたみたいでよかった。
2012年9月24日月曜日
マナウス日本語弁論(にほんごべんろん)・お話大会(おはなしたいかい)2012
22日に16回目(かいめ)のマナウス日本語弁論・お話大会(にほんごべんろん・おはなしたいかい)があった。
ここでの弁論大会は全国(ぜんこく)大会にあわせて、16歳(さい)以上(いじょう)の人が参加(さんか)、それ以下(いか)の子(こ)はお話大会に参加する。
まずは、弁論大会から。今年は19人が参加。もう少し(すこし)参加者(しゃ)をふやしたいけれど、なかなか時間(じかん)がなかったりで、難しい(むずかしい)。
私は今年(ことし)、事務所(じむしょ)で手伝い(てつだい)をする係(かかり)だったので、あまり会場(かいじょう)へ見に(みに)行く(いく)ことができなかったが、初心者(しょしんしゃ)の参加者たちが一生懸命(いっしょうけんめい)長い(ながい)文(ぶん)をおぼえ、発表(はっぴょう)しているのを見て、よくがんばっているなと思った(おもった)。
生徒の作文(さくぶん)づくりは先生(せんせい)が手伝うことになっている。11月の全国大会に出場(しゅつじょう)して、さらにいい結果(けっか)を残す(のこす)ためには、遅くても(おそくても)7月(がつ)くらいから練習(れんしゅう)をはじめて、9月の地区(ちく)大会で勝ち(かち)ぬかなくてはいけない。今年の全国大会はマナウスで行われる(おこなわれる)。
続いて(つづいて)、お話大会。こちらは18人が参加。こちらも年々(ねんねん)人数(にんずう)が減って(へって)きている。原稿(げんこう)を見ないで、みんながんばっていた。
ちなみに、私のクラスの子どもたちを誘った(さそった)ところ、今年はほぼ全員(ぜんいん)男の子のクラスなので、はずかしがって参加したくないとのことだった…。失敗(しっぱい)したな。無理(むり)にでも参加させるべきだった…。
昔(むかし)は今の倍(ばい)くらい子どもの参加があった。
きっかけ作りも先生のお役目(やくめ)。チャレンジする前(まえ)はいやだったけれど、してみたらとってもいい経験(けいけん)になった!ということもよくあるはず。来年から子どもたちにもっと意欲(いよく)をもたせるいい方法を考えないと…。
ここでの弁論大会は全国(ぜんこく)大会にあわせて、16歳(さい)以上(いじょう)の人が参加(さんか)、それ以下(いか)の子(こ)はお話大会に参加する。
まずは、弁論大会から。今年は19人が参加。もう少し(すこし)参加者(しゃ)をふやしたいけれど、なかなか時間(じかん)がなかったりで、難しい(むずかしい)。
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| 弁論大会 |
生徒の作文(さくぶん)づくりは先生(せんせい)が手伝うことになっている。11月の全国大会に出場(しゅつじょう)して、さらにいい結果(けっか)を残す(のこす)ためには、遅くても(おそくても)7月(がつ)くらいから練習(れんしゅう)をはじめて、9月の地区(ちく)大会で勝ち(かち)ぬかなくてはいけない。今年の全国大会はマナウスで行われる(おこなわれる)。
続いて(つづいて)、お話大会。こちらは18人が参加。こちらも年々(ねんねん)人数(にんずう)が減って(へって)きている。原稿(げんこう)を見ないで、みんながんばっていた。
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| お話大会 |
昔(むかし)は今の倍(ばい)くらい子どもの参加があった。
きっかけ作りも先生のお役目(やくめ)。チャレンジする前(まえ)はいやだったけれど、してみたらとってもいい経験(けいけん)になった!ということもよくあるはず。来年から子どもたちにもっと意欲(いよく)をもたせるいい方法を考えないと…。
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| 事務所でも集計(しゅうけい)や表彰状(ひょうしょうじょう)づくりに大忙し(おおいそがし) |
2012年9月5日水曜日
日系人(にっけいじん)と非日系人(ひにっけいじん)の先生(せんせい)
ブログをはじめてもうすぐ1年(ねん)。この1年で、日伯(にっぱく)の先生(せんせい)たちもがんばっているなーと思う(おもう)ことがよくある。というわけで、今日(きょう)は先生の話(はなし)。
ここ、マナウスにも色々な(いろいろな)日本語(にほんご)の先生がいる。
日系人(にっけいじん)の先生、非日系人(ひにっけいじん)のブラジル人の先生、日本人だが子どものときに移住(いじゅう)してきた先生、大人(おとな)になってから移住してきた日本人の先生などなど。
私がここにはじめてきた12年前(まえ)は、たしか日本人の先生と3人と、日系人の先生が1人、それにボランティアで領事館(りょうじかん)の領事夫人(りょうじふじん)が授業(じゅぎょう)を担当(たんとう)していた。非日系人の先生がいなかったのは、日本語を話す(はなす)ことはできても、教える(おしえる)レベルまでたどりついた人が少なかった(すくなかった)からだと思う(おもう)。学校(がっこう)も今(いま)にくらべるとまだ小さく(ちいさく)、こじんまりとしていた。
先輩(せんぱい)の先生方(がた)に色々なことを教えていただきながら、半年(はんとし)くらいすぎたころ、急に(きゅうに)人手(ひとで)がたりなくなり、先生を探す(さがす)ことになった。
もちろん「探す」ときまってから、あたりまえのごとく、事務所(じむしょ)の人も日系人を探しはじめたが、なかなか適当な(てきとう)人がみつからなかった。
しばらくたったころ、ちょうど私と同じく(おなじく)青年(せいねん)ボランティアで事務員(じむいん)をしていた中野(なかの)さんが、「ヒカルドはどうですか?」と事務の中村(なかむら)さんにきいた。きけば、ヒカルドは日伯の卒業生(そつぎょうせい)で、日本語が大好き(だいすき)な生徒(せいと)だったらしい。
迷って(まよって)いる時間(じかん)もなかったので、中野さんにたのんでヒカルドと電話(でんわ)で話してみた。話をして、私はすぐに「できるかも」と思った。電話で話したにもかかわらず、彼(かれ)の発音(はつおん)やイントネーションはとてもきれいだった。
すぐにおねがいして、ヒカルドが私の知る(しる)かぎり日伯初(はつ)の非日系人の先生になった。
当時は日系人の生徒がとても多かった(おおかった)。非日系人のヒカルドには「日系人ではない」というだけで、ハンディがあった。多くの生徒や生徒の両親(りょうしん)が「ガイコクジン」の先生というだけで、「発音やイントネーションが間違っている(まちがっている)のではないか」、「間違ったことばをおしえるのではないか」と心配(しんぱい)し、その分(ぶん)ヒカルドを見る(みる)目(め)もきびしかった。
でも、ヒカルドはやめることなく日本語を教え続けて(つづけて)、今年(ことし)で12年になる。日本で半年間(はんとしかん)研修(けんしゅう)も受けて(うけて)きた。私も助け(たすけ)、助けられて、いっしょにすごし、今では経験(けいけん)もつんだので自信(じしん)を持って授業をしていると思う。
もちろん、ここまでたどりつくには色々なことがあったけれど。
当時(とうじ)、悩み(なやみ)があるのは非日系人の先生だけかと思ったが、私の生徒は日系人であることで、これまた悩みをもっていた。「日本人の顔(かお)をしているのに、どうして日本語が通じない(つうじない)んだ。」と会社(かいしゃ)の上司(じょうし)からいわれたとか、「日系人だから日本語を話すと思っていたのに、話せないからがっかりした。」と言われたという生徒が何人も(なんにんも)いた。
日系人の先生は「日本人の血(ち)がまざっている」というだけで、生徒から色々な情報(じょうほう)を求め(もとめ)られる。また、先生も家庭で使っていることばが、他(ほか)の人にも通じるのか、家族の中だけで通じることばなのかを知らなくては(しらなくては)いけない。「家族とつかっていたことばを生徒に教えてみたら、他の人には通じませんでしたといわれた…。」ということもある。そういうことばを見極める(みきわめる)のも、実は(じつは)とてもむずかしい。
色々な面(めん)で、非日系人、日系人、それぞれの悩みがあり、それは今もあまり変わって(かわって)いないのかもしれない。でも、最近(さいきん)は前(まえ)ほどそれが感じられ(かんじられ)なくなった。
非日系人の先生はそのハンディにまけないくらい個性的(こせいてき)で楽しい(たのしい)授業(じゅぎょう)で生徒にやる気(き)をもたせているし、生徒もまた自分の興味(きょうみ)があることを楽しみながら勉強(べんきょう)しているようす。
日系人の先生も非日系人の先生のパワーにまけないように授業を工夫(くふう)しているし、日系人であることでブラジル人であり、日本人であることをいかし、自信をもって授業しているようにみえる。
数日(すうじつ)まえ、非日系人の先生が、また上級(じょうきゅう)のクラスを担当(たんとう)するようになったのをしって、とてもうれしくなった。
生徒がもつ先入観(せんにゅうかん)をかえることはむずかしいけれど、そんな生徒にも文句(もんく)を言わせない授業をすることに、日系人も非日系人も関係(かんけい)ないと思う。
「日本人だから」といって、みんな教え方(かた)をしっているわけではないし、教え方がかならずしも「うまい」ときまっているわけでもない。
私も自分が日本人だと思うことに甘んじ(あまんじ)ないで、今、努力(どりょく)をしている先生たちからも色々なことをまなばなくては。
ここ、マナウスにも色々な(いろいろな)日本語(にほんご)の先生がいる。
日系人(にっけいじん)の先生、非日系人(ひにっけいじん)のブラジル人の先生、日本人だが子どものときに移住(いじゅう)してきた先生、大人(おとな)になってから移住してきた日本人の先生などなど。
私がここにはじめてきた12年前(まえ)は、たしか日本人の先生と3人と、日系人の先生が1人、それにボランティアで領事館(りょうじかん)の領事夫人(りょうじふじん)が授業(じゅぎょう)を担当(たんとう)していた。非日系人の先生がいなかったのは、日本語を話す(はなす)ことはできても、教える(おしえる)レベルまでたどりついた人が少なかった(すくなかった)からだと思う(おもう)。学校(がっこう)も今(いま)にくらべるとまだ小さく(ちいさく)、こじんまりとしていた。
先輩(せんぱい)の先生方(がた)に色々なことを教えていただきながら、半年(はんとし)くらいすぎたころ、急に(きゅうに)人手(ひとで)がたりなくなり、先生を探す(さがす)ことになった。
もちろん「探す」ときまってから、あたりまえのごとく、事務所(じむしょ)の人も日系人を探しはじめたが、なかなか適当な(てきとう)人がみつからなかった。
しばらくたったころ、ちょうど私と同じく(おなじく)青年(せいねん)ボランティアで事務員(じむいん)をしていた中野(なかの)さんが、「ヒカルドはどうですか?」と事務の中村(なかむら)さんにきいた。きけば、ヒカルドは日伯の卒業生(そつぎょうせい)で、日本語が大好き(だいすき)な生徒(せいと)だったらしい。
迷って(まよって)いる時間(じかん)もなかったので、中野さんにたのんでヒカルドと電話(でんわ)で話してみた。話をして、私はすぐに「できるかも」と思った。電話で話したにもかかわらず、彼(かれ)の発音(はつおん)やイントネーションはとてもきれいだった。
すぐにおねがいして、ヒカルドが私の知る(しる)かぎり日伯初(はつ)の非日系人の先生になった。
当時は日系人の生徒がとても多かった(おおかった)。非日系人のヒカルドには「日系人ではない」というだけで、ハンディがあった。多くの生徒や生徒の両親(りょうしん)が「ガイコクジン」の先生というだけで、「発音やイントネーションが間違っている(まちがっている)のではないか」、「間違ったことばをおしえるのではないか」と心配(しんぱい)し、その分(ぶん)ヒカルドを見る(みる)目(め)もきびしかった。
でも、ヒカルドはやめることなく日本語を教え続けて(つづけて)、今年(ことし)で12年になる。日本で半年間(はんとしかん)研修(けんしゅう)も受けて(うけて)きた。私も助け(たすけ)、助けられて、いっしょにすごし、今では経験(けいけん)もつんだので自信(じしん)を持って授業をしていると思う。
もちろん、ここまでたどりつくには色々なことがあったけれど。
当時(とうじ)、悩み(なやみ)があるのは非日系人の先生だけかと思ったが、私の生徒は日系人であることで、これまた悩みをもっていた。「日本人の顔(かお)をしているのに、どうして日本語が通じない(つうじない)んだ。」と会社(かいしゃ)の上司(じょうし)からいわれたとか、「日系人だから日本語を話すと思っていたのに、話せないからがっかりした。」と言われたという生徒が何人も(なんにんも)いた。
日系人の先生は「日本人の血(ち)がまざっている」というだけで、生徒から色々な情報(じょうほう)を求め(もとめ)られる。また、先生も家庭で使っていることばが、他(ほか)の人にも通じるのか、家族の中だけで通じることばなのかを知らなくては(しらなくては)いけない。「家族とつかっていたことばを生徒に教えてみたら、他の人には通じませんでしたといわれた…。」ということもある。そういうことばを見極める(みきわめる)のも、実は(じつは)とてもむずかしい。
色々な面(めん)で、非日系人、日系人、それぞれの悩みがあり、それは今もあまり変わって(かわって)いないのかもしれない。でも、最近(さいきん)は前(まえ)ほどそれが感じられ(かんじられ)なくなった。
非日系人の先生はそのハンディにまけないくらい個性的(こせいてき)で楽しい(たのしい)授業(じゅぎょう)で生徒にやる気(き)をもたせているし、生徒もまた自分の興味(きょうみ)があることを楽しみながら勉強(べんきょう)しているようす。
日系人の先生も非日系人の先生のパワーにまけないように授業を工夫(くふう)しているし、日系人であることでブラジル人であり、日本人であることをいかし、自信をもって授業しているようにみえる。
数日(すうじつ)まえ、非日系人の先生が、また上級(じょうきゅう)のクラスを担当(たんとう)するようになったのをしって、とてもうれしくなった。
生徒がもつ先入観(せんにゅうかん)をかえることはむずかしいけれど、そんな生徒にも文句(もんく)を言わせない授業をすることに、日系人も非日系人も関係(かんけい)ないと思う。
「日本人だから」といって、みんな教え方(かた)をしっているわけではないし、教え方がかならずしも「うまい」ときまっているわけでもない。
私も自分が日本人だと思うことに甘んじ(あまんじ)ないで、今、努力(どりょく)をしている先生たちからも色々なことをまなばなくては。
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