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2013年2月12日火曜日

新学期(しんがっき)開始(かいし)!

やっと長い(ながい)休み(やすみ)が明けて(あけて)、今月(こんげつ)の2日(ふつか)から新学期(しんがっき)が始まった(はじまった)。

私(わたし)は、あいかわらず今年(ことし)も子どもクラスだけを担当(たんとう)させてもらう。 今年のクラスは女(おんな)の子が6人(にん)、男(おとこ)の子が3人の計(けい)9人クラス。

どの子も5年(ねん)以上(いじょう)日本語(にほんご)の勉強(べんきょう)を続けて(つづけて)いる、がんばり屋(や)の子どもたち。

今年からはこの後(あと)大人(おとな)のクラスに進級(しんきゅう)できるよう、大人クラスの教科書(きょうかしょ)をベースにしたので、子どもたちが受け入れて(うけいれて)くれるか様子(ようす)をみながらの授業。

今年は漢字(かんじ)のテキストも、それぞれの子どもたちが自分(じぶん)のペースで勉強できるようにしようと思っている。もちろん、毎週(まいしゅう)漢字のミニテストをして、その結果(けっか)を壁(かべ)にはりだすという私の方針(ほうしん)はかわらないけれど。

去年(きょねん)の教師会議(きょうしかいぎ)で、今年からは「レベルが一番(いちばん)うえ(上)のクラスの生徒(せいと)は、みんなお話(はなし)大会(たいかい)にでなくてはいけない」ときまったので、 第2回目(だいにかいめ)となる先日(せんじつ)の授業でそのことを伝えた(つたえた)。

はずかしがり屋の女の子が多い(おおい)クラスなので、どんな反応(はんのう)がくるかとひやひやしていたが、意外(いがい)にも反応はわるくなかった。

参加(さんか)を義務(ぎむ)にしたこと、9月の大会に備え(そなえ)、作文(さくぶん)を4月中におわらせて5月からは練習(れんしゅう)をはじめること、最初(さいしょ)から最後(さいご)まで私がかならずサポートをすることを伝えたら、どうやら安心(あんしん)してくれたらしい。

子どものうちから慣れて(なれて)おくと、大人になって「よかったな」と思うことがよくある。お話大会も同じ(おなじ)。子どものうちになれておけば、大人になってからスピーチコンテストに参加(さんか)したいと思うかもしれないし、働く(はたらく)ようになって大勢(おおぜい)の人の前(まえ)で話をしなくてはいけなくなっても、きっと役(やく)にたつと思う。

先生がすべき大事(だいじ)なことはきっかけ作り(づくり)だと思う。

数日前(すうじつまえ)に終わった漢字の検定試験(けんていしけん)も同じこと。ちょっといやがるかなーと思っても、義務づけて子どもたちの意識(いしき)をかえていくことで、意外な結果(けっか)がうまれるかもしれない。

今年も一年(ねん)、子どもたちに色々(いろいろ)なことを教え(おしえ)、教えられて過ごす(すごす)のが楽しみ(たのしみ)。

2013年1月19日土曜日

再び(ふたたび)、漢字(かんじ)の検定試験(けんていしけん)

ただ今(いま)、日本語学校(にほんごがっこう)はお休み(やすみ)中(ちゅう)。

というわけで、生徒(せいと)からの質問(しつもん)もないまま、12月(がつ)と1月の半ば(なかば)がすぎた。

休み中に入る(はいる)前(まえ)に、今年(ことし)も2月に漢字検定試験(かんじけんていしけん)があることを知った(しった)。

前回(ぜんかい)、準2級(じゅんにきゅう)を受けて(うけて)何とか(なんとか)通った(とおった)ので、本当ほんとう)ならば、つづけて今回(こんかい) も2級をうけるべきなのだが、今回は辞退(じたい)した。

というのも、2級の問題(もんだい)を見てみたら、予習(よしゅう)なしに私が通るレベルではないことがわかったから。予習しようにも手元(てもと)に本(ほん)もない。漢字の勉強(べんきょう)から何年(なんねん)も離れた(はなれた)私が、2級合格(合格)レベルまでたどりつくためには、おそらく長期戦(ちょうきせん)になるだろう。学生(がくせい)のうちに受けておけばよかったな…ともおもったりするが、色々な(いろいろな)漢字を忘れて(わすれて)しまったからこそ、今勉強することに意味(いみ)があるのかもしれない。

漢字検定というのは、受けた人は知って(しって)いると思う(おもう)が、読み方(よみかた)や書き方(かきかた)のほかに、やさしいレベルでは書き順(じゅん)、レベルがすすむと部首(ぶしゅ)の名前(なまえ)まで問われて(とわれて)くる。

去年(きょねん)、私はクラスで2年生(ねんせい)の漢字まで教えた(おしえた)ので、生徒たちには10級か9級をうけてもらいたかったが、残念(ざんねん)ながら今回は私のクラスからは一人(ひとり)だけの受験(じゅけん)となる。

しかし、心(こころ)の準備(じゅんび)と予習、復習(ふくしゅう)をしていなければ、受験するする気(き)にならないことはよくわかる。まして、休みをはさんでいるので、子どもたちがお勉強ムードにはいらないこともよくしっている。でも、あえて受けさせたほうがよかったかもしれない。

漢字は使わない(つかわない)と忘れ(わすれ)てしまう。授業(じゅぎょう)で教える前に、自分(じぶん)でおぼえた書き順に自信(じしん)がなくて何度(なんど)も辞書(じしょ)で調べた(しらべた)ことがある。

しかし、漢字は日本の文字(もじ)。歴史(れきし)もある。

クラスでは強制的(きょうせいてき)に漢字をおぼえさせる気はないが、少し(すこし)でも興味(きょうみ)をもち、勉強したら忘れる前に、こういった試験を受けていってもらいと思う。

漢字検定試験は日本語を勉強している生徒にとってもとてもいい力(ちから)だめしになる。予習、復習をしっかりと終えて(おえて)合格(ごうかく)し、証書(しょうしょ)を受けとると、せいとにとっても大きな励み(はげみ)になるし、また次(つぎ)のレベルにむかってがんばる意欲(いよく)にもつながる。それは私にとっても同じ(おなじ)。

日本語能力(にほんごのうりょく)試験もそうだが、こうした試験がここマナウスにおいても受けることができるようになったことをたいへん幸せ(しあわせ)に思う。だからこそ、生徒にも大い(おおい)に利用(りよう)していってもらいたい。

 漢字検定試験の過去(かこ)問題(もんだい)。↓
http://www.kanken.or.jp/mondai/index.html

前回と同じ漢字検定の練習(れんしゅう)サイト。↓
http://go-kanken.com/mondai9/

2012年12月27日木曜日

子どもクラスの教科書(きょうかしょ)作り(づくり)

もうすぐ今年(ことし)も終わって(おわって)しまう。気(き)がつけば今月(こんげつ)は子どもクラスの教科書作り(きょうかしょづくり)で、あっという間(ま)に時間(じかん)がすぎてしまった。

私の担当(たんとう)のクラスはレベルが一番(いちばん)上(うえ)になるが、小さい(ちいさい)うちに私のクラスにたどりついてしまった子どもたちは、すぐに大人(おとな)クラスに入る(はいる)ことが できないので、もう少し(すこし)大きく(おおきく)なるまで、くりかえし私のクラスで勉強(べんきょう)することになる。

つまり、一度(いちど)または何度も(なんども)いっしょに勉強した生徒(せいと)がクラスにいるので、前(まえ)の年と同じ(おなじ)教科書をつかうことができない。

というわけで、毎年(まいとし)この時期(じき)は教科書作りになってしまう。

ここでは、大人のクラスに「みんなの日本語」をつかっているが、まったくのゼロスタートの人には日伯ではそれぞれ手作りのテキストを使う。 サンパウロとはちがい、マナウスでは日本語のテキストも簡単(かんたん)に手(て)に入れることができないので(できても、とても高く(たかく)なってしまうので)、あまり選択肢(せんたくし)がない。

私はしばらく日本で出版(しゅっぱん)されている子ども向け(むけ)のテキストを見ていないので、新しくて(あたらしくて)使いやすいテキストが存在(そんざい)するのかはわからないが、今、手元(てもと)に私の担当クラスのレベルにあった、子ども向けの使えるテキストがないので、 自作(じさく)になってしまう。

今年は「Japanese for Young People」を使ってみたが、この教科書は英語圏(えいごけん)の人向けなので、説明(せつめい)などがすべて英語(えいご)になっているため、それをポルトガル語に直す(なおす)のにも大変(たいへん)だった。

漢字(かんじ)はいいテキストがなかったので、日本のくもんが発行(はっこう)しているテキストを使ってみたが、あまり合わなかった。今まで使った市販(しはん)の漢字テキストの中(なか)では「かんじだいすき」というテキストが一番使いやすかったが、私が一年生用の「かんじだいすき」しか持って(もって)いなかったので、二年生以上(いじょう)の漢字を教えるのに続けて(つづけて)使えるテキストがなかった。

来年のテキストに向け、今回(こんかい)は、非日系人(ひにっけいじん)のハファエル先生が、去年、苦労(くろう)して作ってくれた自作の大人クラス用(よう)テキストをベースに作らせてもらった。そして、漢字は「にほんごちゃれんじ・かんじN4N5」をつかってみることにした。

これで、また一年、様子(ようす)を見てみる。結果(けっか)は、あとのお楽しみ(たのしみ)。

教科書作りとはべつに、今月(こんげつ)は日伯(にっぱく)の先生(せんせい)たちの文集(ぶんしゅう)第1号(だいいちごう)を作る(つくる)ということで、先生たちに作文を書く(かく)宿題(しゅくだい)がでたので、何十年(なんじゅうねん)ぶりかで作文を書いてしまった。

今回、書いてみて改めて(あらためて)感じた(かんじた)が、やはり文章(ぶんしょう)を書くのも慣れ(なれ)があると思う(おもう)。子どものころ、いつも作文を書かされていたころとは違い(ちがい)、今回の作文は考え(かんがえ)をまとめて仕上げる(しあげる)のに、何日(なんにち)もかかってしまった。

でも、こうした機会(きかい)でもなければ、自ら(みずから)作文を書くことはないので、本当に(ほんとうに)いい機会だったと思う。

今年もあと少し。生徒にぬかされないように、勉強がんばらないと!

2012年11月24日土曜日

子どもクラス終了式(しゅうりょうしき)2012!

今日(きょう)で今年(ことし)の子どもクラスも終わり(おわり)。今日はみんなで終了式(しゅうりょうしき)をした。休んだ(やすんだ)子も多くて(おおくて)、集まった(あつまった)のは40人くらい。

終了式といっても、一年がんばった子どもたちのごほうびとして、あそんだり、食べ(たべ)たり。まずはそれぞれのクラスの発表(はっぴょう)から。

スーザン先生(せんせい)のクラスのみんなは「かえるのうた」を歌って(うたって)くれた。


続いて(つづいて)、ホナン先生とシルバニア先生のクラス。「むすんでひらいて」を歌ってくれたけど、先生につられてだんだん早く(はやく)なると、手(て)をたたくのがずれそうになったりして、みんな大慌て(おおあわて)。


続いて、さゆり先生のクラス。なぞなぞをだして、答え(こたえ)を日本語(にほんご)で答えてもらう。みんな真剣(しんけん)。


最後(さいご)に私のクラス。一年間(いちねんかん)でがんばったこと、来年(らいねん)の目標(もくひょう)を話して(はなして)くれた。


今日はたった3人しかこれなかったけど、 人前(ひとまえ)で話(はなし)をするのをいやがっていたみんながクラスの中で前(まえ)に立って(たって)練習(れんしゅう)するようになって、今日、こうしてほかのクラスのみんなの前でも話せるようになったことに感動(かんどう)。

それぞれのクラスの発表が終わってから、おり紙(がみ)とビンゴであそんだ。ここマナウスではおり紙を手に入れる(いれる)のも大変(たいへん)なので、担当(たんとう)の先生ががんばってみんなの分(ぶん)の紙(かみ)を切って(きって)くれた。


私の担当しているクラスは一番(いちばん)上(うえ)のレベル。中(なか)には私と4年もいっしょに勉強(べんきょう)しる子もいて、みんなを小さい(ちいさい)ころから知って(しって)いる。

でも、みんな大きくなったので、半分(はんぶん)の子がこのクラスを卒業(そつぎょう)して、来年(らいねん)からは大人(おとな)のクラスになってしまう。

うれしいけれど、とってもさびしい。

大人のクラスになっても、先生たちのこと忘れ(わすれ)ないでいてほしいな。

子どもクラスの先生たち、おつかれさまでした!

2012年11月12日月曜日

全伯日本語スピーチコンテスト-マナウス

11日、ここマナウスでサンパウロの国際交流基金(こくさいこうりゅうききん)主催(しゅさい)の第18回全伯日本語(ぜんぱくにほんご)スピーチコンテストが行われた(おこなわれた)。

マナウスで全伯大会が行われるのは実(じつ)は2回目(かいめ)。といっても、1回目はもう十数年(じゅうすうねん)も前(まえ)。サンパウロから遠く(とおく)離れた(はなれた)ここマナウスで行うには、交通費(こうつうひ)も時間(じかん)もかかるので、なかなか実現(じつげん)するのは難しい(むずかしい)。

参加者(さんかしゃ)は土曜日(どようび)の午後(ごご)に到着(とうちゃく)し、簡単に(かんたんに)市内観光(しないかんこう)をしたあと、日伯(にっぱく)で交流会(こうりゅうかい)をしてホテルへ。日曜日は朝(あさ)8時(じ)にホテルをチェックアウトし、コンテストを終えた(おえた)あと、空港(くうこう)へ直行(ちょっこう)という、かわいそうなくらい、とってもハードな日程(にってい)で過ごし(すごし)て行った。

今回の参加者は全部(ぜんぶ)で13人(にん)。日系人(にっけいじん)が5人、非(ひ)日系人が8人でブラジル8州(しゅう)から集まった(あつまった)優秀(ゆうしゅう)な人ばかり。


いつも「目からうろこ」の内容(ないよう)がたっぷりのコンテスト。昨日の内容も「刺青(いれずみ)」の話(はなし)、日系人(にっけいじん)としての経験話(けいけんばなし)、日本の「わび・さび」について、家族(かぞく)のありかたをブラジルの養子縁組(ようしえんぐみ)の現状(げんじょう)をとおして語ったり(かたったり)と様々(さまざま)だった。


日本の伝統(でんとう)をまもってくれている日系人が多い(おおい)中、彼ら(かれら)に負けない(まけない)くらい、がんばる非日系人もふえてきている。


 みんな、何度も(なんども)練習(れんしゅう)したのにちがいない。とってもすばらしいスピーチばかりだった。私も負けてはいられないな~。

2012年10月26日金曜日

「知らない(しらない)」と「わからない」の違い(ちがい)

生徒(せいと)に「明日(あした)、何(なに)をしますか。」ときいたとき、よく「知りません(しりません)。」と答え(こたえ)られ、とても気(き)になった。

日本人(にほんじん)だったら、まず、「さぁ、まだわかりません。」とか、「まだ決めて(きめて)ません。」と答えるだろう。

こういう質問(しつもん)をしたときに、「知りません。」と答えられると、少し(すこし)冷たい(つめたい)感じ(かんじ)がするのはどうしてだろうか。

「知りません」と「わかりません」の使い方(つかいかた)には、もともと違い(ちがい)がある。

「知りません」ということばは、「そのことについて、情報(じょうほう)をもっていません。」という意味(いみ)が強い(つよい)から、例えば(たとえば)、次(つぎ)のようによく使う。

1.名前(なまえ)は知っていますが、電話番号(でんわばんごう)は知りません。
2.A:「これが終わったら(おわったら)、みんなでどこへ行く(いく)か知ってる。」
  B:「いや、知らない。」←「知っていない。」と答えるのは間違い(まちがい)。

このように、答えを考え(かんがえ)なくてもいいような質問(しつもん)に使うことが多い(おおい)。

これに対して(たいして)、「わかりません」は、考えても答えが見つからないときに使うことに多い。そして、「知りません」の意味(いみ)で使うこともできる。

1.彼(かれ)が来る(くる)かどうか、まだわかりません。
2.答え(こたえ)がわかりません。
3.ポルトガル語(ご)がわかりません。
4.A:「Cさんの電話番号わかる。」
  B:「今(いま)はわからない。」

つまり、先(さき)ほどの質問「明日(あした)、何(なに)をしますか。」で、「知りません(しりません)。」と答えてしまうと、考えたり、答えを見つけようともしないで、答えたように見えるので、もしかしたら冷たく感じる(かんじる)のかもしれない。

ポルトガル語では、「知りません」も「わかりません」も同じ(おなじ)単語(たんご)を使うので、その違いに気(き)づかないのだろう。

使い方はとてもにているが、ちょっとしたニュアンスの違いで、相手(あいて)にあたえる印象(いんしょう)も違ってくるので、気をつけなくてはいけない。

2012年10月14日日曜日

習字(しゅうじ)の授業(じゅぎょう)- 子ども編(へん)

昨日(きのう)、子どもの授業(じゅぎょう)で習字(しゅうじ)をした。

休日(きゅうじつ)にはさまれての授業だったので、来た(きた)のはたった4人(にん)。

サンパウロとちがい、ここでは、筆(ふで)や墨(すみ)、半紙(はんし)を買う(かう)ことができない。だから、道具(どうぐ)は全て(すべて)私(わたし)のを家(いえ)からもっていった。

2時間(じかん)の授業のうち、はじめの30分(ぷん)は、新しい(あたらしい)漢字(かんじ)を教え(おしえ)、残り(のこり)の1時間半(じかんはん)を習字につかった。

まずは、筆の持ち方(もちかた)と姿勢(しせい)から。

ブラジルの学校(がっこう)は、鉛筆(えんぴつ)の持ち方や姿勢を注意(ちゅうい)しない(と思う)。だから、大人(おとな)でもすごい格好(かっこう)で字(じ)を書く(かく)人(ひと)がたくさんいる。

私のクラスの子どもたちは、上手(じょうず)に筆を持つことができた。姿勢も正しく(ただしく)して、筆の使い(つかい)方の練習(れんしゅう)。

半紙(はんし)もあまっていないので、まずは四分の一(よんぶんのいち)に切った(きった)新聞(しんぶん)に丸(まる)を書いたり、「一(いち)」を書いて練習した。

ここで何度(なんど)か習字の授業をしているうちに、ひらがなは曲線(きょくせん)が多い(おおい)ので、どうやら初めて(はじめて)書く人にはひらがなよりもカタカナや簡単な(かんたんな)漢字のほうが書きやすいということに気づいた(きづいた)。

子どもたちは去年(きょねん)からずっと漢字(かんじ)を勉強(べんきょう)しているし、ちょうどいい機会(きかい)なので、一番(いちばん)好きな(すきな)漢字を書いてもらった。

みんな真剣(しんけん)。せっかく、払い(はらい)や止め(とめ)ができるようになってきたのに、あっという間(ま)に時間(じかん)をオーバーしてしまった。でも、みんな楽しんで(たのしんで)くれたみたいでよかった。