大人(おとな)クラスの担当(たんとう)をお休み(やすみ)させてもらって、何年(なんねん)もすぎた。このままだと、さらに頭(あたま)がにぶってしまうとおもい、先月(せんげつ)から子どもクラス担当の先生(せんせい)たちに授業(じゅぎょう)をさせてもらうようにした。
教える(おしえる)ことがメインで自分(じぶん)の勉強(べんきょう)する時間(じかん)がなかなかとれない先生たちの日本語のレベルアップを手伝う(てつだう)ことが、本来(ほんらい)の目的(もくてき)だったので、最初(さいしょ)は、きりぬいた新聞(しんぶん)の記事(きじ)や録音(ろくおん)したニュース、場面(ばめん)シラバスをつかった練習などを利用(りよう)して授業をさせてもらおうと考えて(かんがえて)いた。
でも、授業をはじめるまえに、ほとんどの先生たちは日本語能力検定試験(にほんごのうりょくけんていしけん)合格(ごうかく)を目標(もくひょう)にしていることがわかり、急きょ(きゅうきょ)、文法(ぶんぽう)を中心(ちゅうしん)とした授業のスタイルにしてみる。
レベルは検定試験3級合格を目標としている人から、すでに1級に合格している人まで。このレベルの差(さ)は、結構(けっこう)きつい。色々(いろいろ)考えたあげく、ずっとまえに能力検定試験合格を目標にしている人への授業でつかったことのある「どんなときどう使う日本語表現文型(にほんごひょうげんぶんけい)500」という本をつかうことにした。
この本は、今、まえに私が使ったものの改訂版(かいていばん)がでていて、しかも文型のよこなどに何級レベルの文法かわかりやすくメモされている。
ただ、正直(しょうじき)いって、例文(れいぶん)の内容(ないよう)がつまらないと思った。ことばは難しい(むずかしい)し、日常生活(にちじょうせいかつ)で、実際に(じっさいに)生徒(せいと)がつかうような文も少ない(すくない)かなと。
説明(せつめい)もポルトガル語が入っていないので、難しい。そこで、私は自分の授業用(よう)にこの本を打ち直して(うちなおして)使っている。使えるところはそのまま使っているが、ポルトガル語の説明をすこし入れて、例文は授業をうけている先生たちの名前を使ったりして作り直している。
しかし、授業の時間は週(しゅう)にたった1時間(先生たちがあつまる時間をひくと1時間もない…)で、しかも月(つき)に一回(いっかい)の会議(かいぎ)があると、その週も授業ができなく、なかなか進まない(すすまない)のが悩み(なやみ)。
先生が生徒ということで、質問(しつもん)のレベルも高く(たかく)、私も時間をかけないと答えが出ないような質問をしてくれるのがうれしい。
この先生たちに教えることで、自分も勉強させてもらっていることがよくわかる。感謝(かんしゃ)、感謝で私もがんばらないと。
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2015年4月30日木曜日
2015年3月7日土曜日
子どもクラスひなまつり2015
今年(ことし)は少し(すこし)おくれて、ひなまつり。
子どもクラスの編成(へんせい)がちょっと大変(たいへん)で、3月3日(さんがつみっか)より前(まえ)にできなかった…。
「3日をすぎたら、すぐに片付けないと(かたづけないと)お嫁(よめ)にいくのがおそくなると言われているんだよ。」と子どもたちに説明(せつめい)しながらも、今日は7日(なのか)…。ごめんね、みんな…。
まずはひなまつりのことを簡単に(かんたんに)説明(せつめい)。そのあと、プロジェクタで歌(うた)のビデオを流し(ながし)、歌を練習(れんしゅう)。
いつもは最後におりがみをして終わりだけど、今年はちょっと変えて、歌が終わったあとにお殿様(おとのさま)とお姫様(おひめさま)の絵(え)に色(いろ)をぬり、正方形(せいほうけい)に切った(きった)色のついた紙でつのばこを作って(つくって)終わり。
今回(こんかい)は、「紙(かみ)も節約(せつやく)しよう!」ということで、新しく(あたらしく)入った(はいった)あゆみ先生がすばらしいパンフレット式(しき)の教材(きょうざい)を作って)つくって)くれて大助かり(おおだすかり)。表(おもて)はぬりえができるようになっていて、裏(うら)にはひなまつりの歌の歌詞(かし)や説明がかいてあり、真ん中(まんなか)で二つおりできるようになっている。
やっぱり、教材作りには柔軟な(じゅうなんな)頭(あたま)が必要(ひつよう)だな。
日本のようにおいしいあられはないけれど、あられに似た(にた)大きさのお米のおかしが用意(ようい)できたので、作ったばかりのつのばこの中に入れてあげると子どもたちはおおよろこび。
時間(じかん)もぴったりに終わって、楽しい(たのしい)ひとときでした。
子どもクラスの編成(へんせい)がちょっと大変(たいへん)で、3月3日(さんがつみっか)より前(まえ)にできなかった…。
「3日をすぎたら、すぐに片付けないと(かたづけないと)お嫁(よめ)にいくのがおそくなると言われているんだよ。」と子どもたちに説明(せつめい)しながらも、今日は7日(なのか)…。ごめんね、みんな…。
まずはひなまつりのことを簡単に(かんたんに)説明(せつめい)。そのあと、プロジェクタで歌(うた)のビデオを流し(ながし)、歌を練習(れんしゅう)。
いつもは最後におりがみをして終わりだけど、今年はちょっと変えて、歌が終わったあとにお殿様(おとのさま)とお姫様(おひめさま)の絵(え)に色(いろ)をぬり、正方形(せいほうけい)に切った(きった)色のついた紙でつのばこを作って(つくって)終わり。
今回(こんかい)は、「紙(かみ)も節約(せつやく)しよう!」ということで、新しく(あたらしく)入った(はいった)あゆみ先生がすばらしいパンフレット式(しき)の教材(きょうざい)を作って)つくって)くれて大助かり(おおだすかり)。表(おもて)はぬりえができるようになっていて、裏(うら)にはひなまつりの歌の歌詞(かし)や説明がかいてあり、真ん中(まんなか)で二つおりできるようになっている。
やっぱり、教材作りには柔軟な(じゅうなんな)頭(あたま)が必要(ひつよう)だな。
日本のようにおいしいあられはないけれど、あられに似た(にた)大きさのお米のおかしが用意(ようい)できたので、作ったばかりのつのばこの中に入れてあげると子どもたちはおおよろこび。
時間(じかん)もぴったりに終わって、楽しい(たのしい)ひとときでした。
2015年2月28日土曜日
2015年子どもクラススタート
今年(ことし)も2月から日伯(にっぱく)の授業(じゅぎょう)がはじまった。
今年も子どもクラスの申込者(もうしこみしゃ)は80人をこえたが、例年(れいねん)通り(どおり)申込みをするのがギリギリだったり、授業の初日(しょにち)にする子もいたりで、はじめはちょっと大変(たいへん)。
一回目(いっかいめ)の授業がおわり、先生たちがあつまって会議(かいぎ)をしたところ、はじめて日本語の勉強を始める子どもたちが約(やく)半分(はんぶん)になってしまったことがわかった。
というわけで、急きょ(きゅうきょ)担当(たんとう)の先生(せんせい)やクラスの編成(へんせい)を変更(へんこう)。
悲しい(かなしい)ことに私が担当する一番(いちばん)上(うえ)のクラスはたった4人。
なかなか勉強を続けて(つづけて)くれる生徒(せいと)がいないっていうこと。
初級(しょきゅう)2から3にかけてあがる生徒が極端(きょくたん)に少ない(すくない)らしい。このことは、他の先生も問題(もんだいだ)と思ってくれたみたいで、今回の会議でこのことについても話し(はなし)あった。
まずは、クラスの質(しつ)を良く(よく)するよう、教科書(きょうかしょ)やクラスの見直し(みなおし)をはじめることに決定(けってい)。
来月(らいげつ)から大変(たいへん)だけど、来年に向けて先生みんなで話し合っていく。
授業の質が良くなければ、子どもたちも魅力(みりょく)を感じて(かんじて)くれなくなる。先生たちが一つになって改善(かいぜん)できるように努力(どりょく)すれば、きっと続けて勉強してくれる生徒もふえるはず!と信じて(しんじて)、今年も一年がんばります。
今年も子どもクラスの申込者(もうしこみしゃ)は80人をこえたが、例年(れいねん)通り(どおり)申込みをするのがギリギリだったり、授業の初日(しょにち)にする子もいたりで、はじめはちょっと大変(たいへん)。
一回目(いっかいめ)の授業がおわり、先生たちがあつまって会議(かいぎ)をしたところ、はじめて日本語の勉強を始める子どもたちが約(やく)半分(はんぶん)になってしまったことがわかった。
というわけで、急きょ(きゅうきょ)担当(たんとう)の先生(せんせい)やクラスの編成(へんせい)を変更(へんこう)。
悲しい(かなしい)ことに私が担当する一番(いちばん)上(うえ)のクラスはたった4人。
なかなか勉強を続けて(つづけて)くれる生徒(せいと)がいないっていうこと。
初級(しょきゅう)2から3にかけてあがる生徒が極端(きょくたん)に少ない(すくない)らしい。このことは、他の先生も問題(もんだいだ)と思ってくれたみたいで、今回の会議でこのことについても話し(はなし)あった。
まずは、クラスの質(しつ)を良く(よく)するよう、教科書(きょうかしょ)やクラスの見直し(みなおし)をはじめることに決定(けってい)。
来月(らいげつ)から大変(たいへん)だけど、来年に向けて先生みんなで話し合っていく。
授業の質が良くなければ、子どもたちも魅力(みりょく)を感じて(かんじて)くれなくなる。先生たちが一つになって改善(かいぜん)できるように努力(どりょく)すれば、きっと続けて勉強してくれる生徒もふえるはず!と信じて(しんじて)、今年も一年がんばります。
2014年11月30日日曜日
子どもクラス修了式(しゅうりょうしき)2014
29日で今年(ことし)の子どもクラスも終わり(おわり)。この日、日本(にほん)の遊び(あそび)を子どもたちに教えて(おしえて)、いっしょに楽しむ(たのしむ)ために、先生(せんせい)たちで昔(むかし)からある「日本の遊び」を選んだ(えらんだ)。
いろいろ考えて(かんがえて)最後に(さいごに)きまったのが、「ハンカチおとし」、「だるまさんがころんだ」、日本についての「まるばつゲーム」、そして、おりがみなどを使ってクリスマスツリーをつくるペーパークラフト。
まずは前(まえ)もって、先生たちに「ハンカチおとし」と「だるまさんがころんだ」を教えて練習(れんしゅう)。「だるまさんがころんだ」では、「はじめのいっぽ」と「だるまさんがころんだ」がちょっと難しかった(むずかしかった)ようす。でも、先生たちはあっという間(ま)に覚えて(おぼえて)くれた。
当日(とうじつ)、まずはハンカチおとしから開始(かいし)。小さい(ちいさい)子どもと大きい(おおきい)子どもにグループを分けてあそんだけれど、ちょっと円(えん)が大きすぎたみたい…。特に(とくに)大きな子どもたちのグループは円が大きすぎてなかなかおいつけない…。私も参加(さんか)したけれど、ひさしぶりに真剣に(しんけんに)走った(はしった)ので、つかれた~。
つぎに遊んだ「だるまさんがころんだ」では、オニがなかなか早く(はやく)「だるまさんがころんだ」といえなくて、すぐにタッチされたり、反対に(はんたいに)動く(うごく)人ばっかりで、オニまでだれもたどりつくことができなかったりもしていたけれど、これまたみんな真剣(しんけん)で、もりあがった。
ま、何事も(なにごとも)はじめての経験(けいけん)なので、次回(じかい)はもっと工夫(くふう)しなくては。
最後(さいご)は、ペーパークラフト。あゆみ先生とジゼリ先生が心(こころ)をこめて用意(ようい)してくれた材料(ざいりょう)に、みんな感動(かんどう)。
勉強(べんきょう)はもちろん大事(だいじ)だけど、たまには、こうして日本のあそびで時間をすごすのもいいかな。先生たちもみんなよくがんばっていました。これで、また来年(らいねん)まで、お休み(おやすみ)です。
私のクラスの生徒は、みんな来年は大人クラスへ。みんな大きくなっていくから、ちょっとさびしいけれど、日本語を続けて(つづけて)いってくれたら、またいつかいっしょに勉強できるでしょう。
いろいろ考えて(かんがえて)最後に(さいごに)きまったのが、「ハンカチおとし」、「だるまさんがころんだ」、日本についての「まるばつゲーム」、そして、おりがみなどを使ってクリスマスツリーをつくるペーパークラフト。
まずは前(まえ)もって、先生たちに「ハンカチおとし」と「だるまさんがころんだ」を教えて練習(れんしゅう)。「だるまさんがころんだ」では、「はじめのいっぽ」と「だるまさんがころんだ」がちょっと難しかった(むずかしかった)ようす。でも、先生たちはあっという間(ま)に覚えて(おぼえて)くれた。
当日(とうじつ)、まずはハンカチおとしから開始(かいし)。小さい(ちいさい)子どもと大きい(おおきい)子どもにグループを分けてあそんだけれど、ちょっと円(えん)が大きすぎたみたい…。特に(とくに)大きな子どもたちのグループは円が大きすぎてなかなかおいつけない…。私も参加(さんか)したけれど、ひさしぶりに真剣に(しんけんに)走った(はしった)ので、つかれた~。
つぎに遊んだ「だるまさんがころんだ」では、オニがなかなか早く(はやく)「だるまさんがころんだ」といえなくて、すぐにタッチされたり、反対に(はんたいに)動く(うごく)人ばっかりで、オニまでだれもたどりつくことができなかったりもしていたけれど、これまたみんな真剣(しんけん)で、もりあがった。
| 長蛇の列(ちょうだのれつ)になってしまい、大変な(たいへんな)ことに… |
最後(さいご)は、ペーパークラフト。あゆみ先生とジゼリ先生が心(こころ)をこめて用意(ようい)してくれた材料(ざいりょう)に、みんな感動(かんどう)。
勉強(べんきょう)はもちろん大事(だいじ)だけど、たまには、こうして日本のあそびで時間をすごすのもいいかな。先生たちもみんなよくがんばっていました。これで、また来年(らいねん)まで、お休み(おやすみ)です。
私のクラスの生徒は、みんな来年は大人クラスへ。みんな大きくなっていくから、ちょっとさびしいけれど、日本語を続けて(つづけて)いってくれたら、またいつかいっしょに勉強できるでしょう。
2014年10月31日金曜日
マナウスの信号(しんごう)
ある日(ひ)しりあいの日本人から、「マナウスの信号って、よくできてるよねー。青(あお)のあと、いきなり黄色(きいろ)にならないで、一度(いちど)点滅(てんめつ)するもんね。きっとマナウス人の性格(せいかく)にあわせてあるんだろうね。」といわれた。
赤→青→青点滅→黄色→赤 の順番(じゅんばん)
思わず、「え?それって普通(ふつう)じゃないんですか。」ときいてしまった。日本ではふつう青から黄色にいきなり変わり(かわり)、そして赤(あか)になるらしい。たしかにそうだったかも…。
ここに10年(ねん)以上(いじょう)もすんでいて、そんなことを気にしたことはなかった。…というより、気づかなかった。
彼(かれ)いわく、ブラジルの信号はみんなこういうふうに変わるのかというと、実(じつ)はサンパウロやリオの信号は日本とおなじルールで色が変わるらしい。
マナウスだけ変わり方がちがうのかは、いまだに不明(ふめい)。
マナウスの人はのんびりしているが、運転(うんてん)となると人が変わったようになるといわれている。スピードをあげたり、ウインカーをあげていても入れさせ(いれさせ)なかったりする人も多い(おおい)。
なるほど。青からいきなり黄色になってしまっては、判断(はんだん)に困り(こまり)、事故(じこ)もふえるからなのかと、勝手(かって)に考え(かんがえ)てしまった。
歩行者(ほこうしゃ)にとっても、道路(どうろ)をわたるのは大変な(たいへんな)こと。マナウスは4車線(しゃせん)以上の大通り(おおどおり)が多いので、4車線すべての車を止めてわたるのは、そう簡単(かんたん)ではない。
ここ数年(すうねん)、赤い横断歩道(おうだんほどう)ができてから、歩行者がいると止まるくるまもふえたが、それでもまだまだ少ない。それにしても、どうして白黒(しろくろ)だった横断歩道を赤にしたとたん、きちんと止まる車がふえたのかは知りたいところ。
歩行者の信号も、赤→青→青点滅→赤点滅→赤 の順番で変わる。
この順番がはたして日本のものと同じなのかは未確認(みかくにん)。今度日本にもどったら、わすれずにチェックしてみないと。
赤→青→青点滅→黄色→赤 の順番(じゅんばん)
思わず、「え?それって普通(ふつう)じゃないんですか。」ときいてしまった。日本ではふつう青から黄色にいきなり変わり(かわり)、そして赤(あか)になるらしい。たしかにそうだったかも…。
ここに10年(ねん)以上(いじょう)もすんでいて、そんなことを気にしたことはなかった。…というより、気づかなかった。
彼(かれ)いわく、ブラジルの信号はみんなこういうふうに変わるのかというと、実(じつ)はサンパウロやリオの信号は日本とおなじルールで色が変わるらしい。
マナウスだけ変わり方がちがうのかは、いまだに不明(ふめい)。
マナウスの人はのんびりしているが、運転(うんてん)となると人が変わったようになるといわれている。スピードをあげたり、ウインカーをあげていても入れさせ(いれさせ)なかったりする人も多い(おおい)。
なるほど。青からいきなり黄色になってしまっては、判断(はんだん)に困り(こまり)、事故(じこ)もふえるからなのかと、勝手(かって)に考え(かんがえ)てしまった。
歩行者(ほこうしゃ)にとっても、道路(どうろ)をわたるのは大変な(たいへんな)こと。マナウスは4車線(しゃせん)以上の大通り(おおどおり)が多いので、4車線すべての車を止めてわたるのは、そう簡単(かんたん)ではない。
ここ数年(すうねん)、赤い横断歩道(おうだんほどう)ができてから、歩行者がいると止まるくるまもふえたが、それでもまだまだ少ない。それにしても、どうして白黒(しろくろ)だった横断歩道を赤にしたとたん、きちんと止まる車がふえたのかは知りたいところ。
![]() |
| だいぶん色がはげてしまったけれど、はげる前は真っ赤な横断歩道でした。 |
この順番がはたして日本のものと同じなのかは未確認(みかくにん)。今度日本にもどったら、わすれずにチェックしてみないと。
2014年9月27日土曜日
日本語(にほんご)スピーチコンテスト2014!
今年(ことし)も日本語(にほんご)お話大会(おはなしたいかい)と弁論大会(べんろんたいかい)が開かれた(ひらかれた)。
今年のお話大会は日伯協会(にっぱくきょうかい)から参加(さんか)する生徒(せいと)もふえて、一安心(ひとあんしん)。でも、反対に(はんたいに)弁論大会の参加者が年々(ねんねん)少なく(すくなく)なっていくのが気(き)になる。
私(わたし)のクラスの子どもたちは3月(がつ)から準備(じゅんび)を始めた(はじめた)。作文(さくぶん)を考え(かんがえ)て、何度も(なんども)練り直して(ねりなおして)、やっとできあがったのが6月だった。
私の目的(もくてき)は子どもたちに人前(ひとまえ)で話すことになれてもらうこと。ポルトガル語(ご)では緊張(きんちょう)しない子でも、日本語でスピーチとなると状況(じょうきょう)がちがってくる。 内容(ないよう)はどうでもいい、というわけではないが、とにかく目的が目的なので、あまり難しい(むずかしい)ものにはしないようにする。原稿(げんこう)を見て話すのはダメ。とにかく頭(あたま)にたたきこんで、はっきりと、自信(じしん)をもって話してもらう。
これがお話大会のまず第一歩(だいいっぽ)だと私はかんがえている。結果(けっか)がでれば、子どもたちはよろこびを感じる(かんじる)し、よろこびを感じたら、きっと続けて(つづけて)くれるにちがいないと思っている。
がんばったかいがあって、クラス全員(ぜんいん)が入賞(にゅうしょう)してくれた。みんな本当に(ほんとうに)うれしそうだった。
でも、やはり弁論大会の参加者がへっていることが、とても気になる。参加者が11人以上(いじょう)だと、全国(ぜんこく)大会への出場者(しゅつじょうしゃ)を二人(ふたり)えらぶことができるが、今年は参加者が10人にしかならなかったので、一人(ひとり)しかおくることができない。
これは私がここで教え(おしえ)はじめてから、はじめてのことだと思う。
私が大人のクラスを担当(たんとう)していたころは、毎年(まいとし)、参加希望者(きぼうしゃ)がいないかをきいた。どうしても希望者が見つからないときは、スピーチができそうなコンディションの生徒を私が選び(えらび)、本人(ほんにん)にOKしてもらって、作文にとりかかるようにしていた。できあがった原稿をもとに2ヵ月(にかげつ)かけて、イントネーションも顔(かお)の表情(ひょうじょう)も集中的(しゅうちゅうてき)に指導(しどう)し、すべてカンペキにちかいものにした。スピーチをするときに原稿を見るのはタブーと教え、話しかたが自然(しぜん)になるように、いつも心がけた。教えるがわにとっても、それはふつうのことだったし、どの先生も同じように指導していた。
これくらい時間をかけて、愛情(あいじょう)をこめて指導をした生徒は例外なく(れいがいなく)全国(ぜんこく)大会へ出場し、全国大会でも優秀な(ゆうしゅうな)成績(せいせき)をのこしてくれた。私は何度(なんど)か生徒のつきそいで全国大会へ行かせてもらったが、ほかの州(しゅう)の先生から「マナウスの生徒さんはとても優秀ですね。」とほめられると鼻高々(はなたかだか)だったし、その生徒の成果(せいか)をみるのが、なによりの楽しみ(たのしみ)だった。
でも、最近はあまり時間をかけて 指導する先生がいないらしい。生徒を誘って(さそって)、「いっしょにやってみようよ!!」というほど、スピーチの指導に魅力(みりょく)を感じ(かんじ)る先生がいないのかもしれない。
私がスピーチの指導に一生懸命(いっしょうけんめい)になるのは、実(じつ)は、自分(じぶん)の経験(けいけん)があるから。
高校生(こうこうせい)だったときに英語(えいご)の先生から市(し)のスピーチに出るようにすすめられた。(ほとんど強制的(きょうせいてき)に。)先生はアメリカ人だったので、話し方もかなりオーバーにしないとOKが出なかったし、英語の発音(はつおん)も何度も(なんども)何度もなおされた。私にはその少しのちがいが全然(ぜんぜん)わからなかったが、何度も録音(ろくおん)してくれたテープをきいてとにかく練習した。
先生が一生懸命教えてくれたので、私もそれにこたえようと一生懸命がんばった。
結果(けっか)、三位(さんい)内(ない)にはいることができなかったが、何とか特別賞(とくべつしょう)を もらうことができ、とてもうれしかったのをおぼえている。そして、何より、そのあとの大きな(おおきな)自信につながった。先生に直してもらった発音やイントネーションは今でもおぼえているし、フレーズも全部ではないがいまだにおぼえている。
ありがたいことに、あのとき、あの先生から指導してもらったことが、今は私の大きな糧(かて)になっている。
自分が経験したからこそ、生徒にもそのよろこびをあじわってほしいと思うのかもしれない。スピーチはなんの意味(いみ)もないと思っている先生が多い(おおい)らしい。でも、実はスピーチを練習することによって生徒が得る(える)ものはたくさんある。 先生にだってたくさん得るものがある。それをぜひしってもらいたい。
もうおなくなりになった日伯の村山(むらやま)前会長(ぜんかいちょう)のことばをいつも思いだす。
「日本語はね、国語(こくご)っていうものは、とっても大事(だいじ)なんだよ。ことばが乱れる(みだれる)と国(くに)はだめになっちゃうからね。だから、国語の教育(きょういく)はしっかりしなきゃいけない。教育するのはね、子どものうちからなんだよ。だからね、あんた、子どもたちの日本語教育、しっかりやってちょうだい。」
ブラジルの生活(せいかつ)が長くても(ながくても)、日本人としていつも誇り(ほこり)をもっていた村山さんのことばだからこそ、とっても説得力(せっとくりょく)があったし、このことばがあるから、私は子どものクラスの授業を休まず続けている。
でも、今回のスピーチコンテストを見ていると、大人のクラスをまた教え始めたいと思ってしまった。時間(じかん)に余裕(よゆう)を作って(つくって)、また教え始めないと。やっぱり好き(すき)なことはやめられない。
今年のお話大会は日伯協会(にっぱくきょうかい)から参加(さんか)する生徒(せいと)もふえて、一安心(ひとあんしん)。でも、反対に(はんたいに)弁論大会の参加者が年々(ねんねん)少なく(すくなく)なっていくのが気(き)になる。
私(わたし)のクラスの子どもたちは3月(がつ)から準備(じゅんび)を始めた(はじめた)。作文(さくぶん)を考え(かんがえ)て、何度も(なんども)練り直して(ねりなおして)、やっとできあがったのが6月だった。
私の目的(もくてき)は子どもたちに人前(ひとまえ)で話すことになれてもらうこと。ポルトガル語(ご)では緊張(きんちょう)しない子でも、日本語でスピーチとなると状況(じょうきょう)がちがってくる。 内容(ないよう)はどうでもいい、というわけではないが、とにかく目的が目的なので、あまり難しい(むずかしい)ものにはしないようにする。原稿(げんこう)を見て話すのはダメ。とにかく頭(あたま)にたたきこんで、はっきりと、自信(じしん)をもって話してもらう。
これがお話大会のまず第一歩(だいいっぽ)だと私はかんがえている。結果(けっか)がでれば、子どもたちはよろこびを感じる(かんじる)し、よろこびを感じたら、きっと続けて(つづけて)くれるにちがいないと思っている。
がんばったかいがあって、クラス全員(ぜんいん)が入賞(にゅうしょう)してくれた。みんな本当に(ほんとうに)うれしそうだった。
でも、やはり弁論大会の参加者がへっていることが、とても気になる。参加者が11人以上(いじょう)だと、全国(ぜんこく)大会への出場者(しゅつじょうしゃ)を二人(ふたり)えらぶことができるが、今年は参加者が10人にしかならなかったので、一人(ひとり)しかおくることができない。
これは私がここで教え(おしえ)はじめてから、はじめてのことだと思う。
私が大人のクラスを担当(たんとう)していたころは、毎年(まいとし)、参加希望者(きぼうしゃ)がいないかをきいた。どうしても希望者が見つからないときは、スピーチができそうなコンディションの生徒を私が選び(えらび)、本人(ほんにん)にOKしてもらって、作文にとりかかるようにしていた。できあがった原稿をもとに2ヵ月(にかげつ)かけて、イントネーションも顔(かお)の表情(ひょうじょう)も集中的(しゅうちゅうてき)に指導(しどう)し、すべてカンペキにちかいものにした。スピーチをするときに原稿を見るのはタブーと教え、話しかたが自然(しぜん)になるように、いつも心がけた。教えるがわにとっても、それはふつうのことだったし、どの先生も同じように指導していた。
これくらい時間をかけて、愛情(あいじょう)をこめて指導をした生徒は例外なく(れいがいなく)全国(ぜんこく)大会へ出場し、全国大会でも優秀な(ゆうしゅうな)成績(せいせき)をのこしてくれた。私は何度(なんど)か生徒のつきそいで全国大会へ行かせてもらったが、ほかの州(しゅう)の先生から「マナウスの生徒さんはとても優秀ですね。」とほめられると鼻高々(はなたかだか)だったし、その生徒の成果(せいか)をみるのが、なによりの楽しみ(たのしみ)だった。
でも、最近はあまり時間をかけて 指導する先生がいないらしい。生徒を誘って(さそって)、「いっしょにやってみようよ!!」というほど、スピーチの指導に魅力(みりょく)を感じ(かんじ)る先生がいないのかもしれない。
私がスピーチの指導に一生懸命(いっしょうけんめい)になるのは、実(じつ)は、自分(じぶん)の経験(けいけん)があるから。
高校生(こうこうせい)だったときに英語(えいご)の先生から市(し)のスピーチに出るようにすすめられた。(ほとんど強制的(きょうせいてき)に。)先生はアメリカ人だったので、話し方もかなりオーバーにしないとOKが出なかったし、英語の発音(はつおん)も何度も(なんども)何度もなおされた。私にはその少しのちがいが全然(ぜんぜん)わからなかったが、何度も録音(ろくおん)してくれたテープをきいてとにかく練習した。
先生が一生懸命教えてくれたので、私もそれにこたえようと一生懸命がんばった。
結果(けっか)、三位(さんい)内(ない)にはいることができなかったが、何とか特別賞(とくべつしょう)を もらうことができ、とてもうれしかったのをおぼえている。そして、何より、そのあとの大きな(おおきな)自信につながった。先生に直してもらった発音やイントネーションは今でもおぼえているし、フレーズも全部ではないがいまだにおぼえている。
ありがたいことに、あのとき、あの先生から指導してもらったことが、今は私の大きな糧(かて)になっている。
自分が経験したからこそ、生徒にもそのよろこびをあじわってほしいと思うのかもしれない。スピーチはなんの意味(いみ)もないと思っている先生が多い(おおい)らしい。でも、実はスピーチを練習することによって生徒が得る(える)ものはたくさんある。 先生にだってたくさん得るものがある。それをぜひしってもらいたい。
もうおなくなりになった日伯の村山(むらやま)前会長(ぜんかいちょう)のことばをいつも思いだす。
「日本語はね、国語(こくご)っていうものは、とっても大事(だいじ)なんだよ。ことばが乱れる(みだれる)と国(くに)はだめになっちゃうからね。だから、国語の教育(きょういく)はしっかりしなきゃいけない。教育するのはね、子どものうちからなんだよ。だからね、あんた、子どもたちの日本語教育、しっかりやってちょうだい。」
ブラジルの生活(せいかつ)が長くても(ながくても)、日本人としていつも誇り(ほこり)をもっていた村山さんのことばだからこそ、とっても説得力(せっとくりょく)があったし、このことばがあるから、私は子どものクラスの授業を休まず続けている。
でも、今回のスピーチコンテストを見ていると、大人のクラスをまた教え始めたいと思ってしまった。時間(じかん)に余裕(よゆう)を作って(つくって)、また教え始めないと。やっぱり好き(すき)なことはやめられない。
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| みんな、よくがんばりました! |
2014年8月2日土曜日
習字(しゅうじ)の授業(じゅぎょう)
今日(きょう)から後期(こうき)がスタート。後期はじめての授業(じゅぎょう)は習字(しゅうじ)。
まずは「とめ」、「はらい」などを古新聞(ふるしんぶん)の上(うえ)で練習(れんしゅう)。
ここでは、半紙(はんし)が簡単に(かんたんに)手に入らない(てにはいらない)ので、古新聞でたくさん練習をしてから、半紙で練習する。
左手(ひだりて)で半紙をおさえたり、ひじを机(つくえ)につけずに書くのが難しい(むずかしい)らしい。えんぴつをもつようにして書くので、筆(ふで)がねてしまい、なかなか思う(おもう)ように書けない。
ここブラジルでは、来週(らいしゅう)の日曜日(にちようび)は父の日(ちちのひ)なので、お父さん(おとうさん)にプレゼントする字をみんなに書いて(かいて)もらった。
たった二時間(にじかん)だったので、十分に(じゅうぶんに)練習できなかったかもしれないけれど、みんな心(こころ)をこめて、ていねいに書いたから、お父さんたちもよろこんでくれるでしょう。がんばりました。
まずは「とめ」、「はらい」などを古新聞(ふるしんぶん)の上(うえ)で練習(れんしゅう)。
ここでは、半紙(はんし)が簡単に(かんたんに)手に入らない(てにはいらない)ので、古新聞でたくさん練習をしてから、半紙で練習する。
左手(ひだりて)で半紙をおさえたり、ひじを机(つくえ)につけずに書くのが難しい(むずかしい)らしい。えんぴつをもつようにして書くので、筆(ふで)がねてしまい、なかなか思う(おもう)ように書けない。
ここブラジルでは、来週(らいしゅう)の日曜日(にちようび)は父の日(ちちのひ)なので、お父さん(おとうさん)にプレゼントする字をみんなに書いて(かいて)もらった。
たった二時間(にじかん)だったので、十分に(じゅうぶんに)練習できなかったかもしれないけれど、みんな心(こころ)をこめて、ていねいに書いたから、お父さんたちもよろこんでくれるでしょう。がんばりました。
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| 左(ひだり)から、ルナちゃん、さゆりちゃん、かずあきくん、イザベルちゃん、ひでよしくん、ひであきくん |
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