教案は「先生になったとき、必ず(かならず)教案を書くことから始める(はじめる)。」というくらい大事(だいじ)なもの。その中(なか)には、授業(じゅぎょう)で何(なに)を教えるか、授業の流れ(ながれ)がびっちり書かれている。
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教案の例 |
土曜日はグループを4つに分け(わけ)、教案作りをしてもらった。
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このグループの先生たちの教案はとってもていねい |
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このグループの先生たちは一番(いちばん)早く(はやく)教案が書けた |
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このグループの先生たちは教案を細かく(こまかく)書いていた |
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こちらはベテラン先生グループ |
私がこのような形(かたち)で発表(はっぴょう)するのは初めて(はじめて)。自分(じぶん)が先生から教えてもらったのもずいぶん前(まえ)のことだったので、どのようにして教えたらいいのか、どのように始めたらいいかを考えた(かんがえた)。ところが…
作業(さぎょう)してもらっているうちに私は「失敗(しっぱい)した!」と思った(おもった)。教案作りが終わったら(おわったら)各(かく)グループに発表(はっぴょう)してもらおうと思っていたが、先生たちの初めての教案作りにかかる時間が、予定(よてい)していたよりもかなり長く(ながく)なってしまい、発表する時間がなくなってしまった。
思えば、2時間しかないのに、教案の説明をして、教案を作ってもらい、さらに発表までとなると、到底(とうてい)2時間じゃ足りない(たりない)。それでも、イケるかな?と思ったのがそもそもの失敗だった。
結局(けっきょく)、発表を何とか1つのグループにしてもらった。そのグループがとてもよくできていたのが救い(すくい)だった。初めてとは思えないようなすばらしい教案を作り、しかも発表した授業はその時間通り(どおり)、スムーズに流れていった。
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チアゴ先生とハファエル先生の授業(じゅぎょう)で盛り上がった(もりあがった) |
いい教案ができると、授業がその教案とほぼ同じ(おなじ)ように進んで(すすんで)いく。生徒から質問(しつもん)されても、準備(じゅんび)できているので、落ち着いて(おちついて)答える(こたえる)ことができる。
私も日本語を教え始めたとき、教案を書くことから始めた。最初(さいしょ)は1時間くらいかかった。それからだんだんと慣れて(なれて)きて、もっと短い(みじかい)時間で書けるようになった。
今回の勉強会で、「教案が大事だ」ということに気づいてくれた先生は何人(なんにん)いるだろう…。私の発表はかなり不満(ふまん)が残った(のこった)けれど、これを機(き)に、教案を書き始めてくれる先生がいたら、少し(すこし)は意味(いみ)があったかな…。